7.雑踏の中で
レイの手を取り、ノゾムに連れられて。
シキは初めて里ではない街の中にいた。
里とは違う、人の多さ、物の多さ。そして色んな種族。
フードのついた服で目立つ姿形を隠しても、見られているような気持ちにシキは駆られた。
レイはどこ吹く風で、シキの手を引きながら歩いていく。
「お、レイちゃん。帰ってきたかい。」
「うん、ただいま。」
「また寄ってね。」
「ご飯たべたらねー。」
行く先々でレイが声をかけられていることにシキは戸惑う。
「意外だろ。」
戸惑っていたら、ノゾムがそう言った。
「最初はそうじゃなかったんだけどな。レイのなせる技なのか、周りの意識が変わったのか、俺には分からんが。」
「不思議ですね。」
異種族は受け入れられないはずなのに。
ハーフや混血児は、嫌われるはずなのに。
嫌われもせず、むしろ受け入れられている、その現実を、シキはそこで見た。
「オレも…ああなれるんですかね。」
「本人の努力次第だろ。」
確かにその通りなのだが。
それだけではないことを、シキは感じ取っていた。
「ねぇ、ノゾム。レイの出生の話を、この前してくれたよね。」
「おぉ?あぁ、レイが作られたって話か?」
「そう、それ。たぶんだけど、その過程の中で、レイには魔法がかけられた。…と思う。」
「おう、知ってた。」
ノゾムのさらっとした言い方に、シキもさらっと話を続けた。
「その結果もあるんだよ。レイがみんなに受け入れられるのは。だって『魅力』の魔法なんだもの。」
「そうなのか?なんだそりゃ?」
ノゾムの反応はごく一般的だ。
普通の市民なら、魔法に触れる機会はごく僅か。
その魔法も『明かり《ライト》』や、『火炎』程度。
『魅力』や『治癒』のような精神に反映される魔法は、聞いたこともないだろう。
「聞いた通りの効果だよ。周りの人…種族関係なく色んな人に、魅力を振りまく。レイが作られた過程を考えたら、他にも色々されてる可能性はあるよね。」
「まぁ…そうだわな。」
当の本人であるレイは何を話しているのか分からず、ぽけっとしている。
「そしてそれを消すことも出来ない…。レイは本当に謎の子、なんだね。」
シキの言葉に、ノゾムは笑った。
「その通りさ、出生さえ謎だ。どこで生まれて、どこで育って、どうしてここに来たか…、レイも知らない。」
ノゾムの言葉に、今度はレイが笑う。
「レイの記憶はね、ママが話してくれたこと以外…ノゾムに拾ってもらったところからしか記憶はないよ。でもいいんだ。」
シキとつないでいる手と反対の手で、今度はノゾムと手をつなぐ。
「ノゾムは色んなことを教えてくれたよ、だから今のレイがいるんだ。レイはそれでいいって教えてくれるから。」
「シキ。」
レイには聞こえないように、ノゾムがそっと耳打ちする。
「レイの過去が知りたきゃ、レイが聞いてない時に教えてやる。ただし…覚悟だけはしとけ。」
ノゾムの言葉に、シキはうなずく。
覚悟しとけということは…レイの過去にも何かがあるのだろう。
その耳打ちは一瞬で、レイは気づいていないようだった。
「おっし、着いたぞ、ここだ。」
ナイフとフォークの看板のついた家のドアを開ける。
中は閑散としているわけでもなく、かといって混み合ってるわけでもなく、それなりの混みようだった。
「あら、いらっしゃい。帰ってたの。」
「おう、いつものな。」
すっかり顔なじみなのか、席についたノゾムがそう声をかけた。
「お兄さんもそれでいい?」
「あ、はい。」
尋ねられて、シキもそう答える。
「ごっはん、ごっはん。」
漂ってくる匂いをくんくん嗅ぎながら、レイはご機嫌だ。
「さて、買い出しだけど…、シキはなんかいるものはあるのか?」
「んー…。」
シキはしばらく考え込む。
「例の場所に行くのなら、傷薬とかが欲しい。あと、この街にも魔法ショップはあると思うから、そこかな。」
レイの魔力を強化したり、発動させるための魔道具もいる。
「レイが場所を知ってると思うから、一緒に行ったらいい。俺は飯食ったら、王宮行かないかんし。」
げんなりした顔で、ノゾムはさらに付け加える。
「言われることと、せないかんことが分かってると…なぁ。」
「あらノゾムさん。呼び出し?」
両手にお皿を持って、ウエイトレスさんが登場する。
「はい、お待ちかねの御飯だよー。」
お皿を受け取りつつ、ノゾムがウエイトレスに尋ねる。
「最近、何か聞いたか?」
「んー、そんなには…。あ、旅をしてきた人たちが、やたらモンスターの出現率が増えたって言ってたかな。」
料理を渡し終えても、ウエイトレスは話に付き合う。
「この前の人はハーピーの群れに、その前の人はゴブリンの群れに、さらにその前の人はグリフォンに出会ったって。みんな同じ方向から来た人だったよ。」
「まさか…、あれか。滅びの森、か。」
「さすがノゾムさん、詳しいわね。」
そこでウエイトレスは他のテーブルに呼ばれて、去っていった。
後にはもぐもぐとご飯を食べるレイと、ボー然としたノゾムとシキ。
「やっぱりあれ、ですか。これ。」
「だろうな。」
滅びの森で、何かが起きている。
ノゾムの呼び出しも、そういうことだ。
「今までそんなことなかったんだがな…。何が起きているんだか。」
レイに食べられないうちに、とシキもノゾムも料理に手を伸ばす。
「よし、考えてても仕方がねえ。王宮行ってくるわ。」
行きたくはないけど、と付け加えるのを忘れないノゾム。
「これ渡しとくから、いるもの仕入れてきてくれ。それとここの支払いとな。」
じゃらじゃらと音がする袋を机に置いて、ノゾムは立ち上がる。
「レイ、シキの言うこと、聞くんだぞ。」
レイの頭をなでて、ノゾムは店を出ていく。
「いってらっしゃい。お土産待ってるね。」
残っている料理を片付けながら、レイがノゾムに手を振る。
その姿を見送りながら、シキはちょっとした不安を感じていた。