6.出生
ヨマルシティはこの大陸で、1、2を争うくらいの大きさの街である。
大きい街になれば、それなりに人も集まる。そして物流が盛んになり、さらに街が栄えていく。
そもそもヨマルシティは城下街である。栄えないはずがなかった。
そんな街の中に、ノゾム達の住む家はあった。
古びていると言え、それなりに大きな一軒家。そのドアを開けると、大きな犬がレイめがけて飛びついた。
「ただいま、キリ。いい子にしてた?」
小柄なレイは押し倒されそうな勢いだが、レイもノゾムもさして気にはしてないらしい。
キリと呼んだその犬の、ふかふかした毛に顔をうずめてレイはごきげんである。
「さて、シキの部屋をどうするかな…。空き部屋はあるっちゃーあるんだが。」
「どこでもいいけど。」
「掃除してねぇんだよ。自分で掃除してくれるんなら、どこでもいいぜ。」
と言った具合に、話はまとまり。
「シキの部屋は、レイと一緒。」
ということで。
レイに連れられて、シキはレイの部屋のドアを開けた。
「…広っ。」
無駄に広い部屋の片隅に、ベッドが一つ。
きれいなところを見ると、あまり使われていないらしい。
そしてその部屋は、ベッド以外にはさしたるものもなく、殺風景そのものだった。
「レイはいつもどこで寝てるの?」
「ん?ノゾムの横で、キリも一緒だよ。今日からはぁ、シキと寝るっ。」
ハートが飛びそうなその発言に、シキは思わず頭を抱えた。
「ノゾムに頼んで、ベッド広くしてもらおーっと。」
キリを連れて、レイはノゾムの元へと走っていく。
里から持ってきたそうは多くない荷物を下ろし、シキはそれからフードのついた服と、一つの物を取り出した。
そしてそれらを手に、シキもノゾムのいるところへ戻っていく。
ノゾムはレイにまとわりつかれて、約束をさせられているところだった。
「ノゾム。」
ここにヤツキやバンリはいない。
いるのは自分と、これから自分を知ることになるであろうレイと、その親であるノゾムだけだ。
「これがなんだか…宮仕えのノゾムなら分かるよね。」
シキは手にしていた短剣をノゾムに差し出す。
飾りが多く、実用には決して向かないであろうその剣には、一つの紋章が刻まれていた。
「おまっ…それっ…。」
ノゾムが固まるのも無理はないだろう。
「オレの父親の手掛かりは、それだけ。」
母親にも、そう聞いた。
「ノゾムなら…、王宮で『騎士』務めしてるノゾムなら分かると思って、今持ってきた。」
まとわりついていたレイを離し、座らせると、ノゾムはシキの手から短剣をそっと取り上げた。
「抜いていいか?」
「どうぞ。」
カシャンと微かな音を立てて、剣が抜かれる。
鈍く光る刀身は銀製で、それがかなりの価値があることを物語っていた。
鞘についている飾りや装飾も、かなり値の張るものである。
「…率直に言おうか。お前の父親は、かなり王族に近いやつだな。」
刀身を丁寧に鞘に戻して、ノゾムはシキに短剣を返した。
そして自分を挟んで二人を座らせると、唐突に話し出した。
「王宮の中で、そんな話があるのは知ってた。人の口に戸は立てかけられないからな。噂が噂を呼んで、一時期は手が付けられない状況になってた。世継ぎの話や、現王の話にまで話が及んだ時に、初めて城内だけにお触れが出た。王がその話を全否定する、おかしなお触れだった。俺が覚えているくらいだから、バンリやアカネはもっと詳しく覚えているかもな。」
ノゾムはそこで話を切ると、シキの膝をぽんと叩いた。
「聞く覚悟はできたか、シキ。」
「…教えて、ください。」
「お前の父親はな、次期王の王子だよ。誰も認めないだろうが、その剣は次期王にしか渡されない。無くしたとかで大騒ぎしてたが、まさかこんなところにあったとはな。」
ノゾムはうっすらと笑うと、シキに尋ねた。
「どうする?それを持って、王宮に乗り込むか?大変な騒ぎになるだろうけどな。」
「いや、いいや。」
今更出てったところで、どうなる訳でもないだろう。
むしろ騒ぎになるのなら、聞かなかったことにした方がいいのかもしれない。
「向こうが何かしてくる気がないのなら、それでいい。」
「それはないだろうな。王宮としてはスキャンダルだろうし。次期王が異種族と交わって、しかも子供までなしてました、なんてな。」
「だったら、出ていく必要もないじゃん。オレ自身も騒ぎは好きじゃないし、いまさら何って感じ。ただ…。」
「ただ?」
「ただ、親は知りたかった。どんな人で、どうしてこうなったのか…。」
ノゾムはちょっと考え込んでから、ふと呟いた。
「どうしてかは知らんが、次期王はいい奴だぞ。種族なんか気にしないような。だから、かもな。」
「なら…いいや。」
自分の親であろう人が、いい人なら。
「さて、街へ買い物へ行くかな。レイ、レーイ、起きろ。」
シキと話をしている間に、レイは寝てしまったらしい。
「んにゃ…、お話、終わったぁ?」
「終わった、終わった。シキと寝るベッドを買いに行くんだろう?」
その言葉にレイはパッと跳ね起きた。
「いく、いく!」
ノゾムとシキは顔を見合わせて、苦笑いをする。
「そういやシキは初めてか。迷子になるなよ。」
「努力します。」
言われる前に、レイの手をそっと握りしめる。
「ついでにメシ食うか、よし、行くぞー。」




