5.街へ
平坦な道がひたすら続く。
アカネやミユキと別れた後、一行は街へ向かう道を急いでいた。
もちろんレイはしっかりと捕まえている。ここ数日でシキが学んだことの一つだ。
凶暴化したモンスターに襲われることもなく、4人は街まであと少しの所までたどり着こうとしていた。
不意にレイが鼻をひくひくさせる。
「どうした?」
レイが何かの匂いを嗅ぎつけるのは、珍しいことではない。
シキを見つけた時がそうだったように。
「んー…。」
しばらくんくんと匂いを嗅ぎまわったレイは、ぽつりと言った。
「バンリねぇの、匂いがする。」
ヤツキやバンリがノゾムの知り合いであるということは、レイも二人を知っている。そういうことだ。
レイの言葉に慌てたのはヤツキだった。
「ま…マジで?」
ヤツキはバンリに黙ってここまで来ている。
それがばれたらどうなるか…、それはヤツキが一番よく分かっていることだった。
「ノゾム、聞き忘れてたけど、バンリさんとヤツキの関係ってなんなの?」
「ん?よく言えば恋人、悪く言えば幼馴染。ついでに言えば、間違いなくバンリのほうが強いな。」
レイはもう一度くんくんと嗅ぎまわり、街に向かう道の先を指した。
「こっち。たぶんそう遠くない。」
反対を向いて逃げ出そうとしたヤツキの首を、ノゾムが捕まえる。
「どこへ行く?感動のご対面、だろ。」
ほどなくして、道の先から走ってくる人影が見えだした。
まとわりつくであろう服の裾をたくし上げ、息を切らせている。
その人影はみるみる大きくなると一行に飛び込み、ヤツキの胸倉をつかみ上げた。
「ヤツキっ!あんたは一体…。」
「ひぃっ!ごめんなさい、ごめんなさい。」
とたんに小さくなるヤツキ。
あまりの剣幕に、あっけにとられたシキはぽかんとする。
「バンリねぇ、バンリねぇ。」
今にも絞め殺しそうな勢いのバンリの服の裾を、レイがちょいちょいと引っ張る。
「ん?レイちゃん?」
「バンリ、仕事は?」
たたみかけるようにノゾムが問いかける。
「仕事なら、ちゃんと休みをもらってきたよ。レイちゃんはちょっと待っててね。ここをこうして…。」
バンリはヤツキの首を締め上げながら、レイに笑いかける。
「迷惑かけなかった?こいつ。」
「うん、ノゾムが深夜の訪問は迷惑だーって言ってた。そのくらい。」
「ん、ありがとね。」
「バンリ、そろそろ離してやらないと、マジでヤツキの奴、危ないぞ。」
ノゾムの声に、バンリはやっとヤツキを離した。
けほけほ言いながらへたりこむヤツキ。
その頭に、さらにバンリの言葉が突き刺さる。
「ほんっと毎回毎回、懲りないよね。本気で、私が心配してるの知らない訳?」
「だからごめんって…。」
「ごめんで済んだら、楽でいいわよね。私の気持ちはどうなる訳?」
シキがちらっとノゾムを見ると、ノゾムは笑いながら頭を振った。
放っておけ、そういうことである。
レイも笑いながら、二人を見ていた。
そしてシキにちょっとだけ囁いた。
「大丈夫だよ、シキ。二人はね、いっつもこうなの。いっつもこうで、最後はヤツキがバンリねぇと仲直りするから、見てて。」
二人の掛け合いはまだ続いている。
それでもさっきほどの勢いはない。
バンリが伸ばした手を取ったヤツキが、バンリをそっと抱き締めた。
「だから、ごめんなさい。」
「もぉ…、ちゃんと言ってよ。今度言わなかったら、許さないんだから。」
「これで終わったかな。」
レイがそっとまたシキに囁いた。
「さて、お楽しみのとこ、申し訳ないんだが…。」
こほん、と咳払いをして、ノゾムが切り出す。
「俺らは早いとこ街に帰りたいんでね。道の真ん中でいちゃこらされてたら、周りの人にも迷惑だし、移動を始めてもかまいませんかね?」
「わっ、ごめんなさい。どうぞ、どうぞ。」
バンリはあわててヤツキから離れると、ぱたぱたと服を整えた。
「あ、シキです。」
バンリの視線が自分に向いたのを感じて、シキはあわてて頭を下げる。
「あ、バンリです。ヤツキがお世話になりました。」
「何やってんだ、二人とも…。」
その姿を見て、ノゾムがあきれている。
「バンリはな、王宮の神殿に仕える神職者さ。魔力はないらしいから、魔法は皆無だが。」
バンリにヤツキ、シキにレイ、そしてノゾム。
レイに出会った時には想像もつかなかった大人数である。
「神職者なんて言うほど、神には仕えてないけどね。どっちかって言うと、雑用係?」
それぞれの荷物を持ち、移動を開始しながら、バンリは首をかしげる。
「それに私の階級よりも、ノゾムさんのほうが上じゃない、『騎士』なんだし。」
「いや、それは言わないでくれ…。」
バンリの言葉に、ノゾムは頭を抱える。
「俺に宮仕えは無理なんだよ。だからこうやって遠征を買って出てるってぇのに…。」
「ノゾムが王宮の『騎士』だったとはね。意外なことを聞いた。」
「そうだよー。だからたまに呼ばれて、正装して王宮へ…、なんてこともあるよね。」
気が重そうなノゾムを見て、バンリは笑いつつ、こう付け加えた。
「ついでに伝言。王宮が『騎士』をお呼びのようよ。」
さらに頭を抱えるノゾム。
「街に帰りたくなくなってきた…。」
げんなりするノゾムにレイが飛びつく。
「ね、ね、ノゾム。お城に行くなら、いつものあれをもらってきてね。」
「あれって?」
ノゾムからレイを引きはがし、抱き上げながら、シキが問いかける。
「甘くて、白くて、ふわふわなの。」
抗いもせず抱きあげられたレイは、シキを見上げて話を続ける。
「街には売ってないから、ノゾムがお城に行った時だけもらってきてくれるんだよー。その間、レイはお留守番、なんだけど。」
「なぁバンリ、呼び出しの用事はなんだと思う?」
げんなりしたまま、ノゾムはバンリに問いかける。
それでも足が止まることはなかった。
「モンスターの討伐、じゃないかな。滅びの森の近くの村が最近襲われて、うちの神殿からも何人か派遣されたから…。」
「そういや、アカネも討伐に行ったとか言ってたな。最近やっぱり多いな。」
「そうだね、多いかも。アカネさん元気?」
「おう、元気だったぞ。」
バンリとノゾムは、そこからアカネの話や王宮の話になる。
ヤツキはそんなバンリを見つつ、何も言わずについてくる。
レイはシキに抱きあげられたまま、シキの髪を一生懸命三つ編みにしていた。
それをたしなめる訳でもなく、時々引っ張られてちょっと顔をゆがめながらも、シキはレイにされるがままである。
そうしておけばレイが大人しい事を、シキはよく知っているからだ。
狭かった道が、少しずつ広くなっていく。
それに伴って、人通りも少しずつ多くなっていった。
人通りといっても、その種類は様々だ。
人間、エルフ、獣人…、明らかにモンスターと分かる種族の者。
人間が半数、残り半数がその他の種族といった感じだろうか。
レイもシキもその外見を隠すことはしなかったせいか、道行く人々は二人を振り返っていく。
「慣れろよ、シキ。」
少し遠くから聞こえてきた、ノゾムの声。
「レイは慣れっこだから平気でいるだろ?シキも慣れろ、この先街で暮らしていくなら。」
「慣れろ、か。」
きっといつまでたっても慣れることはないだろう。
この、見世物になっているような奇妙な感覚には。
でも、気にしないようにすることはできる。
同じ目にあってきたレイが、その手を引いていこうとする限り。
シキはレイを抱くその腕に、少しだけ力を込めた。
「シキ。」
その腕からレイは飛び降りると、シキの手を握り締めた。
「行こう?シキ?」
「うん。」
レイが帰るところが、ここであるように。
シキの帰るところも、これからここになるのだ。
シキはそう覚悟を決めた。
「ようこそ、ヨマルシティへ、シキ。」