4.小さな一歩
差し込む朝日の光で、目が覚めた。
抱えていたレイを離すと、レイも目を覚ます。
「おはよう。」
「んにゃ、…おはよう…。」
目をこすりながら、レイが起き上がる。
シキもつられて起き上がる。
「…ノゾムはぁ?」
レイに言われて見渡すが、この部屋の中にはいない。
「向こうの部屋じゃないかな。」
レイはベッドからぴょんと飛び上がると、パタパタと向こうの部屋に走っていった。
そして聞こえてくる騒ぎ声。
シキもベッドから立ち上がると、みんながいるはずの部屋へ向かって歩き出す。
「よう、シキ。起きたか。」
その部屋は大変な騒ぎになっていた。
レイがヤツキを追いかけまわし、逃げるヤツキを見て、アカネが笑っている。
でも、誰も止めようとはしていなかった。
「今日中に、街にはたどり着きたいもんだな。最近何かと物騒だし、凶悪モンスターが出回ってるなんて話も聞くし。」
「そうそう、この前も依頼で討伐してきたばっかり。おかしいのは、本来なら凶悪化しないはずのドラゴン種だったことかな。」
アカネにもらったコーヒーをシキも飲みながら、話に加わる。
「何かが起きてる…ってことですか。」
「さぁな。起きてたところで、俺たちには関係ねぇよ。世界の仕組みも、何がどうなってるのかも、俺は知らないし。」
カップに残っていたコーヒーを飲みほして、ノゾムがぼやく。
「それよりか増えた同居人の分の生活費をどう稼ぐかがな…、アカネ、仕事ない?」
「討伐依頼なら何件か出てるわよ。でもそれじゃレイちゃんは連れていけないでしょ。」
「レイなら、新しい同居人が見ててくれるよ、なぁ、シキ?」
「はぁ…まぁ…。」
手に負えれば、とシキは心の中で付け加えた。
追いかけっこをやめたレイがシキの膝へと、当たり前のように戻ってくる。
その手には、古い紙切れが一枚。
昔の物のためか、今でいう『紙』ではなく、何かの皮をなめした物のようだ。
「レイ、何持ってるの?」
「ヤツキから取ったー。」
見せて、という間もなく、レイがその紙を開く。
取られたヤツキは床でのびていた。
「…地図?」
どこを描いたものかはわからないが、確かに地図だ。
「レイちょっと貸して。ノゾム、これ、どこの地図?」
レイの手から地図を奪うと、シキはノゾムにそれを見せた。
里からあまり出たことのないシキには、それがどこだか分らなかったのだ。
「んー、この地形からすると…、『滅びの森』だな。」
「滅びの森?」
「洞窟が多くて、捕食植物がはびこってて、肉食生物が闊歩してて、入ったらまず出られないといわれてる、いわば立ち入り禁止の領域。」
アカネの一言に、シキは唖然とする。
「でもなんでそんな地域の地図が?」
「持ってた本人に聞くのが一番早いだろ、おい、ヤツキ。」
ノゾムに呼ばれて、ヤツキはようやく起き上った。
「この地図、どうした?」
「盗賊にそんなこと言われても…、うーん、忘れた。」
「そんな事だろうと思ったよ…。なんか聞いてないのか、この地図のこと。」
シキから受け取った地図を眺めながら、ノゾムはさらに問いかける。
「滅びの森の詳しい地図なんて、地形を知らなきゃ描けない。しかもこの地図はかなり古いだろ。ってぇことは、昔、誰かが、かなり詳しくこの地を調べたってことになる。もしかしたらその時代は、『滅びの森』じゃなかったのかもな。」
ノゾムの話に、アカネが身を乗り出した。
「もしかして、お宝ザクザク?」
「いや、どうだろうな。この印も気にはなるな。」
光に翳したり透かしたりしていた地図を元に戻すと、ノゾムは地図を握ったまま、ヤツキに笑いかけた。
ただしその笑いは、かなり黒かったが。
「ヤツキ、この地図、貰うな。」
「ノゾムさん、返してよ…。」
「どうせお前が持ってても、探しに行く気はないんだろう?だったら、俺とお前とシキとレイで探しに行けばいいことじゃねぇか。」
ノゾムの言葉に焦るのはシキだった。
「オレはともかくレイまで?」
「俺もお前もいなかったら、誰がレイの面倒見るんだよ。そういうことだ。」
「あの…、僕が行くんだったら、バンリもたぶん行くと思う…。」
おずおずと控えめに、ヤツキがノゾムに問いかける。
「それでもよければ…、大丈夫じゃないかな。」
「ってぇと…、何人になるんだ?」
ノゾムは指折り数えている。
シキもつられて数えてみる。
「オレとレイとノゾムとヤツキとバンリさんと…、5人?」
「おう、そうだな。アカネは?」
「私は行けないよ。依頼もあるし、あんまり大所帯じゃ、身動き取り辛いでしょ?」
「ま、確かにそうだわな。」
今度は悪意なくノゾムは笑うと、手にしていた地図をヤツキに差し出した。
「そういうこった。バンリは?街か?」
「うん、ってか、僕がここにいること、知らないかも。」
ノゾムが差し出した地図を受け取って仕舞いながら、ヤツキは続ける。
「この地図の謎を解いてくれたノゾムさんのほうが権利はあるし、僕はついていくだけで、役には立たないと思うし…、どうするの?」
「そうだな…。」
ヤツキの意見に、ノゾムはしばらく考え込む。
「シキはハーフエルフだったよな。魔法は?」
この世界で魔法を使えるものは限られている。エルフか、小さい頃から英才教育を受けた一部の魔道士だ。
その魔法も攻撃回復問わず、すべてひとくくりにされている。
「うーん、そんなに高等なのは無理だけど。」
純血のエルフとは違うから、とシキは笑いながら付け加える。
「レイは戦力外だな。戦闘回避能力は高いけど、役には立たない。ヤツキは見ての通り。バンリも戦闘となったら、なぁ…。」
そこまで言って、ノゾムは頭を抱えた。
「決定的に戦力不足だよな…。」
「まぁ、なんとかなるんじゃない?」
あっけらかんとシキはノゾムに返して、膝のレイを抱えなおした。
「昨日思ったんだけどさ、レイは教えたら、魔法使えるようになると思うよ。その素質はあると思う。その間にノゾムはヤツキに剣を教えたら、少しは戦力の足しにならない?」
抱えなおされたレイは、きょとんとしてシキを見上げている。
ノゾムもきょとんとして、シキを見返した。
「ね、レイ、こんなこと、してみたくない?」
シキはレイを片手に抱えたまま、指先に小さな明かりを灯す。
その明かりをピンっと弾くと、その光はふよふよとレイとシキの周りを漂いだした。
「したい!したい!」
「じゃあ、やってみる?」
レイを背中から抱え込んで、シキはレイの手を取った。
そんな様子をノゾムやアカネは微笑みながら見守っている。
ヤツキはあわあわしながらノゾムの服を引っ張ったが、うるさそうにその手を払われただけだった。
「ノゾムさん、あれ…。」
「黙っとけ。街に帰ったら、お前には俺の指導が待ってるからな。楽しみにしてろよ。」
みんなが見守る中、レイの指先にも小さな明かりが灯る。
「できた!」
「お、上手、上手。それをこうやって…。」
レイに魔法を教えるシキは、楽しそうである。
教わるレイも楽しそうである。
その様子を眺めながら、ノゾムは小さなため息をつく。この後の苦労が目に見えるようだった。
それと同時に寂しさを感じざるを得なかった。
「娘を嫁に出すって、こんな気持ちなのかなぁ。」
「なによ、ノゾム、おっさん臭いわね。レイちゃんが成長してるの、嬉しくないの?」
「嬉しいけどさ、こう…なんか寂しいよな。」
「そうね…、私も寂しいわ。」
ノゾムの肩をぽんと叩いて、アカネは台所へと立ち上がる。
ノゾムも頬杖を突いていた手を元に戻すと、立ち上がった。
「さて、街へ向かいますか。もちろんついてくるよな、ヤツキ。」
目の前の状況をぽかんと眺めていたヤツキはあわてて返事をする。
「はいっ…てあの二人は?」
「ほっとけ、大丈夫だから。」