3.続出会い
目的の村まで、日が暮れる前にはたどり着いた。
レイが興味のあるものを見つけてはどこかに行き、迷子になることがなかったら、きっともっと早かっただろう。
おかげでシキはだいぶ疲れていた。
「いつもこうなの?ノゾム。」
探しまわったりする間に打ち解けたのは、ほんのおまけだろう。
「もう慣れた。今日は大人しいほうだぞ、シキがいたから。」
ここまでの道中、レイはシキに飛びついたり、ノゾムに登ったり。
そのレイはすでにノゾムの背中で眠っている。
「宿屋はないが、知り合いが部屋を貸してくれるはずだ。」
ノゾムが示す方向には、家がひとつ。
シキがノックをすると、ドアが開いた。
「はーい。」
「よう、ミユキ、世話になる。」
開いたドアの向こうには、細身で鎧姿の女性が一人。
さらにその後ろに、普通の女性が一人。
「なんだ、アカネもいたのか。」
「なんだとは失礼ね、レイちゃんは寝ちゃってるの?」
ノゾムの背中を覗きこんで、アカネは隣の部屋を指差した。
「あっち使って、支度なら済んでるから。」
「おう、さんきゅ。」
レイを寝かせに行くノゾムを見送って、アカネはくるり、とシキのほうに向きなおった。
「…ふーん…。」
意味ありげな笑いを浮かべるアカネ。
ミユキはにこにこしながら、シキを見ている。
「レイちゃんは、彼に何を見たんだろうね、ミユキ。」
「それはレイちゃんにしかわからない。でも、読みは当たってたでしょ?」
「そうだねぇ…、はいはい、早く入って、目立つのは嫌でしょ?」
背中を押すようにして、アカネはシキを家に入れ、ドアを閉めた。
家の造りは、里と変わらない。
ただ、机においてある大きな鏡だけが、普通の家には不釣り合いだった。
「せっかく来たのに、レイちゃん寝ちゃってるし…、彼を質問攻めにしてみようかな。よし、まず名前は?」
「え…あ、はい、シキです。」
「どこの出身で?」
「グリーンウッドです…。」
「ほうほう、親御さんは?」
「えと…。」
「はい、そこでストップな。」
シキの答えは、レイを寝かせてきたノゾムによって遮られた。
「あのなぁ、シキ、言いたくないことは言わなくていいんだぞ。」
「いいじゃないの、あのレイちゃんが選んだ相手だから、気になるのよ。」
膨れているアカネを見て、ミユキが口をはさむ。
「どうせ見てたんだろう?アカネがここにいて、部屋まで用意してあったってことは。」
背中の剣をドアの近くに立てかけて、ノゾムは椅子に腰を下ろす。
それに倣って、シキもノゾムの近くの椅子に腰かけた。
「まぁ、見てたけどね。気になる予言もあったしね。」
ミユキが鏡に手をかざしたのを見て、アカネは簡素なキッチンへと消える。
ノゾムはシキに手招きをすると、ミユキの鏡を覗き込んだ。
シキもつられて、覗き込む。
「予言は、シキさんのことと…、こんなことを告げてたの。」
鏡には、靄がかかっている。
しばらく見つめていると、それは一つの光の球を映し出した。
光のそばには、人が二人。
見覚えのある猫科の耳と、銀の髪。
「シキと…、レイ?」
「そう、だから気になったの。」
ミユキが手をかざすのをやめると、鏡は元の景色を映した。
「最初に見たときに、銀の髪の君が気になってね、ちょっと探してみた訳。その謎が解けた後は、あの光が気になって、調べてみるけど返事はない。何か知ってる?二人とも。」
「光…ねぇ。」
ノゾムもシキも考え込んだ。
「本当かどうかは知らないけど、一つだけ言い伝えがあるよ。」
料理が盛られた皿を両手に、アカネがふと、つぶやいた。
「この世界が作られた時に、一緒に作られたモノがあって、『虹』っていうらしいんだけど。」
キッチンとテーブルの間を行ったり来たりしながら、アカネは大量の料理を運んでくる。
「虹か…、ありゃ伝説だろ。実際見つけた奴もいなけりゃ、そんな話も聞かないし。」
「聞いたこと、あるよ。」
寝ぼけ眼をこすりつつ、レイがシキの膝に這い上がってきた。
「あら、レイちゃんおはよう、いつ起きたの?」
「ご飯のにおいがしたから…、ついさっき。」
シキの膝の上を陣取ると、レイはテーブルの上のコップを手に取る。
中身は、ミルクだ。
「虹はね、『あること』に気が付いたら、その姿を現すって…、小さい頃、ママが言ってた。」
コップの中身をこくこくと飲み干して、レイは続ける。
「『あること』は、自分で見つけなさいって…、ママも昔、見つけたから、レイにも見つかるって。そう、聞いた。」
テーブルの上の料理が気になるのか、レイは鼻をひくひくさせている。
「ねーぇ、もう食べてもいい?」
はっとしたように、アカネがあわててうなずいた。
「いいよ、どうぞ。」
「わーい、いただきます。」
シキの膝の上からは降りずに、レイはフォークを手にする。
残った四人はしばらく黙っていた。
「オレも…聞いたことがあります。」
沈黙を破るように、シキが口を開いた。
「エルフの里に残る言い伝えに、一つだけ。虹は種族を超える、と。」
「種族を超える…か。」
つぶやいたノゾムは、酒の入ったコップを手にする。
シキは膝からレイが落ちないように、抱えなおした。
「まぁ、でも、あの光が『虹』だと決まったわけじゃないしさ。予言だって外れるかもしれないでしょ?」
アカネは笑いながらそう言うと、椅子に腰かけた。
「伝説やら、言い伝えやらの話は、これでおしまい。さっさと食べないと、レイちゃんが一人で全部食べつくしそうよ。」
その言葉に反応したのは、ノゾムだった。
「うぉっ、レイ、待て!」
「いーやーだ、お腹すいてたし、アカネの料理はおいしいもん。」
「せめて膝から降りてくれないかな…。」
シキがぼやく。
アカネとミユキは笑っていた。
「レイちゃん、こっちにいらっしゃい。」
苦戦しているシキを見て、先に食事が終わっていたミユキがレイを抱えあげた。
「シキさんがご飯食べられないでしょ?」
もぐもぐと口を動かしながら、レイがうなずく。
ノゾムとアカネは、二人で酒の入ったコップを傾けつつ、話し込んでいた。
「ミユキさんは…。」
「私?私はね、簡単にいえば、占い師。ノゾムさんにもアカネさんにも助けてもらった身。」
連れてきたレイを、自分の隣の空いていた椅子に座らせると、ミユキもコップを手に取った。
「予言や神託は、時に人同士が争う火種になるのよ、種族間もね。私も何度もその争いに巻き込まれた。その度に、二人に助けられた…。だから、恩返しのつもりで、こうやってるのよ。」
コップの中身を飲み干して、ミユキは続ける。
「二人のおかげで、私は生きてる。いろんなことも教わった。だからシキさんもレイちゃんも受け入れられるの。」
空になったコップを手に、ミユキは立ち上がると、シキを見つめて笑った。
「だからシキさんも、自分のこと、嫌わないでね。…アカネさん、おかわり頂戴。」
「ミユキ、飲みすぎると、あとがきついわよ。」
アカネも笑いながら、ミユキに酒を注いでいる。
「たまにはいいじゃない、二人ともそろってここにいるなんてこと、今は年に一回あるかないか、でしょ?」
「そうだねぇ…、昔はいやってほど一緒にいたけど、ね。」
「思い出したくない過去だな。」
ぐいっと酒をあおると、ノゾムはシキにもコップを差し出した。
「飲むか?」
「い…。」
いらない、と言いかけた時だった。
そのコップをすごい速さで、横から取っていく影がひとつ。
「?」
「やばい、飲むな、レイ!」
「レイちゃん、駄目だって!」
ノゾムやアカネがなぜあわてているのか分からないシキは、レイを振り返った。
こくこくとコップを空にしていくレイ。
背後から聞こえる、ノゾムとアカネのため息。
「誰が面倒みるのよ…。」
「シキ、まかせた。俺はアカネと朝まで飲んどくわ。」
後ろから肩を叩かれても、いまいち理解はできない。
レイに変化は見当たらない。
「なんで…。」
ノゾムに理由を聞こうとした時だった。
コップをきちんとテーブルに戻したレイが、シキに飛びついた。
「うにゃうにゃにゃにゅにぇにぃにゃー!」
何を言っているのか、さっぱりである。
ノゾムを振り返ってみるが、首を横に振るだけだ。
飛びついて崩れかけたレイを、あわてて受け止めるシキ。
アカネがくい、と酒をあおってつぶやいた。
「レイちゃんはかわいいんだけど、お酒には弱いからねぇ…。しかも酔うと、もれなくわけが分からなくなるおまけ付き。」
レイはふにゃふにゃ言いながら、離れようとしない。
昼間と同じ状況である。
あきらめたシキは、ノゾムを振り返って、尋ねた。
「どうしたらいいの?」
「寝かしつけてこい。そうなったら離れないし、俺でもどうにもできん。まぁ、寝かしつけても離れるかどうかは微妙だが。」
しかたなくシキはレイを抱えあげる。
「俺もやっとお役御免かな。」
ノゾムのつぶやきが、かすかに聞こえた。
抱えあげたレイを、ベッドへ運び込む。
レイはまだふにゃふにゃ言ったまま、シキにしがみついていた。
抱き上げたレイは、見た目よりずっと軽くて、小さい。
フワフワしたスカートの下から生えた尻尾が、ゆらゆらと左右に揺れる。
頭に生えたネコ科の耳が下を向いていて、ピンクの髪が首のあたりをかすめていく。
自分とは、明らかに違う、その外見。
「自分の外見も、周りとはだいぶ違うけどな…。」
そう呟いて、ベッドの上で手を離すものの、レイは離れない。
離れようとしても、追いかけてくる。それを何度か繰り返して、シキはようやくあきらめた。
「一緒に、寝るか…。」
つまりはレイの抱き枕。そういうことである。
とうの本人は、寝ているのか、酔っているのか、時折くすくす笑いながら、シキの服を引っ張っていた。
「…レイは、寝たか?」
微かな光の筋と、静かな声。
「離してくれないけどね。」
微かに笑いながら、でも静かにシキも答える。
「朝まで飲むんじゃなかったの?」
レイの方を向いているから、顔は見えない。
でも声で、ノゾムだと分かる。
「ミユキが潰れたから、お開き。なぁ、シキ。」
ドアを背に床に座り込んだノゾムは、持ってきていたコップに酒を注ぎながら、尋ねる。
「おまえ、レイのこと、どう思う?」
唐突な質問だった。
唐突すぎて、シキはしばらく考え込んだ。
シキの返事を待たずに、ノゾムは続ける。
「レイはな、ただの半獣人じゃねぇ。実験やら、研究やらの果てに生まれた…、それがレイだ。おまえは見たことないかもしれないが、半獣人の外見はもっと獣に近いことが多い。それに…。」
そこで言葉を切ると、ノゾムは酒をあおった。
そして、黙り込む。
「愛玩用に作られた半獣人、か。」
シキもぽつり、と呟いた。
「俺も作られた人間さ。戦闘用に…、戦争や護衛のために改造されて、生まれてきた。血縁を辿ると、巨人族がいるらしいからな。」
こんなところで、ノゾムの過去を聞くことになるとは、シキも思わなかっただろう。
「言いたくないことは言わなくていいとは言ったが…、気にはなるな。シキ、おまえは?」
「オレ?父親が人間で、母親がエルフ。それ以上のことは聞いたことがない。母親も話してくれなかったし、聞くこともなかったし。」
その母親も、もうこの世にはいない。
父親は生まれてこのかた、見たことはなかった。
「おまえは本当のハーフなんだな。ある意味、うらやましいよ」
ノゾムの声が、静かに響く。
そうは言われても、どう返したらいいかわからないシキは、答えに戸惑っていた。
ノゾムがコップをことりと床に置く。
「おしゃべりはここまでだな、来客だ。」
「こんな夜中に?」
「レイを頼んどく。それとなるべく静かにしてろ。」
シキの問いかけには答えずに、ノゾムは立ち上がると窓の方へ向かう。
その手には細めの縄が一本、握られていた。
窓の横、壁を背にして立ったノゾムは、そのまま息を潜める。
シキもノゾムに言われた通り、レイを抱き寄せて息を潜めた。
微かな音と、入り込んでくる夜風。
窓が開けられたのだ。
音も立てずに入ってきた侵入者に、ノゾムは平然と声をかけた。
「ヤツキ、なにやってんだ、おまえは。」
あわてたのは、侵入者だ。
「いっ…えっ…あっ…、ノゾムさん!?」
「盗賊気取りもいい加減にしないと、バンリが泣くぞ。」
やれやれといった感じで、床に座り込むノゾム。
ヤツキと呼ばれた少年は、進みかけた格好のまま固まっている。
「シキ、知り合いだ。…とはいえ、夜中に訪問は受け付けてないんだが。」
手に持っていた縄を放り出して、ノゾムは酒を取りに戻る。
「だいたいヤツキよぅ、なんでここにいる?」
「いや…その…。」
ヤツキはしどろもどろだ。
「まさか、ここに盗みに入ったと?」
酒の瓶を傾けながら、ノゾムは楽しそうである。
「前から言ってるだろ、おまえに盗賊は向いてないって。第一、気配を消すことすらできないんじゃ、すぐ気が付かれるだろうよ。」
「ノゾム、さっきの輩は?」
ドアの向こうから、アカネの声。
彼女もしっかり気がついている。
「俺の知り合いだ、気にすんな。」
「そう、じゃおやすみ。」
ほらな、といった感じでノゾムはヤツキをちらりと見た。
「今夜はレイが酔っ払ってるから、気がつくのも遅かったけどな。レイならおまえが家に近づく前に気が付いてるな。」
「ノゾムさぁーん…。」
散々な貶されようである…。
シキにも口をはさむ隙がない。
抱きしめているレイのぬくもりで、シキはだんだんと眠くなる。
後ろでわーわーと騒ぎ出した二人を無視して、シキは寝ることにした。
「寝るから、静かにしてねー…。」
もちろん釘をさすことも忘れなかった。