2.出会い
晴れた空。
どこまでも続く道。
その途中で、シキはぼう然と立ち尽くしていた。
どこかに行くあてがあるわけでもない。出てきたはいいものの、どうすることもできなかった。
空を見上げて、ため息をひとつ。
とりあえずこの先にあるという村を目指そうと、踏み出しかけた時だった。
「…いいにおいがする。」
まだ少し幼い声。
決して彼が発した声ではない。
「みーつけたっ。」
目の前にぴょこんととがった耳が二つ。
ついでピンクに染まった髪。
獣人の種族としてありえないその姿に、しばらく考え込む。
その子が自分と同じ忌み嫌われる存在だと気がつくのに、そう時間はかからなかった。
ふんふんと彼の周りを嗅ぎまわった後、彼女は彼に飛びついた。
あわてて抱きとめるシキ。
それと同時に響く、男の声。
「レイ、どこいったぁー。」
のんびりとした声に、彼女もシキに抱きついたまま、のんびりと返事をする。
「ここだよー。」
ほどなくしてのっそりと現れたのは、剣を担いだ大男だった。
人をあまり見たことがないシキでも、その男がだいぶ大きいことが分かる。
そしてその担いでいる剣が、普通のサイズではないことも。
「まったくどこへでも…。」
言いかけて、彼は目の前の光景に唖然とする。
「なにやってんだ、レイ。」
「このお兄ちゃんね、とってもいいにおいがするの、ノゾム。」
レイはシキに抱きついたまま、離れようとしない。
「だめ、離れなさい。お兄ちゃんに迷惑でしょ。」
そこでようやくノゾムはシキを見た。そして気がつく。
「そうか…、兄ちゃん、似たもの同士か…。名前は?」
「あ…、シキ、です。」
「そうか、シキか。まぁ、レイがなつくのも不思議はない訳だ。」
ノゾムはそういうと、頭を掻いた。
「俺はノゾム、おまえにくっついて離れないのが、レイ。見ての通り、半獣人。おまえは…。」
今度はくっついたまま離れないレイの頭をぐりぐり撫でながら、ノゾムは続ける。
「…その見た目だと、ハーフエルフってとこか。」
「…なんで…わかるんですか。」
思わずレイを抱きしめる。そのことによろこんだレイは、ますますしがみついてくる。
「俺はちょっとだけ、そんなことに詳しいのさ…。自分の血縁がそうだった関係でな。」
さみしそうな表情は、気のせいだろう。シキはそう思おうとした。
「で、どうしてこんなところにいるんだ?」
「いや、特にあてはなく…。この先の村まで行ってみようかと。」
「俺らはそのさらに先にある、街へ帰る途中なんだが…。どうだい、シキ。レイがすっかりなついちまったみたいだし、一緒にいかないか?」
目的が、あるわけではない。
行く先が、あるわけでもない。
ノゾムの申し出に、シキは素直に頷いた。
「と、いうわけで…、レイはシキから離れなさい。」
レイはしばらく嫌々をするように頭を振っていたが、大人しくシキから離れた。
「レイ、ごあいさつ。」
ノゾムの言葉に、レイはぴょこんと頭を下げた。
「レイです。」
「…いくつなの?」
レイの見た目はそうとう幼い。
まだ幼児だといわれても、納得しただろう。
「これでも17歳。」
「オレと変わんねぇ…。」
シキは思わず呟いた。
「こいつにはな、いろいろあるんだよ。俺は育ててるだけだがな。」
ノゾムはレイをひょいと抱えあげると、肩に座らせた。
「半獣人とは言ったが、詳しく言えば違うらしいしな。まぁ、気にしない、気にしない。」
レイはノゾムの首にしがみついて、頭に顔を埋めている。
レイを抱えたまま、ノゾムは村への道を歩き始めた。
あわててついていくシキ。
「お前もその姿だと苦労することになるだろうな…。どうしてこう種族間のことはややこしいんだか。」
ため息のようにつぶやくノゾム。
「しかしなぁ…。」
髪の毛をわしわしとかき混ぜるレイをたしなめつつ、問いかける。
「どうしてシキに寄って行ったかな。こいつは人見知りで、俺以外の奴に寄っていくなんてこと、まずなかったんだが…。」
「それはね、ノゾム。」
今度はその大きな手にじゃれて、笑いながら、レイは答えた。
「シキから、いいにおいがしたからだよ。」
意味がわからないシキと、笑うノゾム。
きょとんとした顔のシキに、笑いながらノゾムが答えた。
「こいつの嗅覚はすごいぞ、いろんなモノを嗅ぎ分けてる。そのレイがいいにおいだって言うんだから、お前はそうとういい奴なんだろうな。」
「悪い奴はちゃんと悪いにおいがするし、優しい人からは優しいにおいがするよ。シキのは嗅いだことのない…、なんか不思議なにおいだったから。」
ノゾムの肩の上からレイは身を乗り出した。
「だから、探したの。見つかってうれしい。」
そのまま手を伸ばして、レイはシキの長い髪に手を触れた。
「綺麗な色、だね。髪も目も。」
銀色の髪も、紫色の目も。里にいた頃は、嫌悪の対象でしかなかった。
レイの髪の色や、耳や尻尾がそうであるように。
「ねぇねぇ、ずっと一緒にいてくれる?」
髪を触っていた手をにぎると、ノゾムの肩から飛び降りて、レイはそう問いかけてきた。
まっすぐシキを見つめるレイ。
黙ったまま二人を見つめるノゾム。
どうして、とは、聞かなかった。
「いいよ、ノゾムさんがいいならね。」
里を出て、途方に暮れていたくらいだ。
「さん付けをやめてくれるなら。」
レイが何かを言う前に、返事は来た。
「レイが誰かを求めるなんて、ないからな。そんなわがままなら聞いてやる。」
「わかりました、ノゾム。」
「ついでにその敬語も。こう、首のへんがむずむずするからやめてくれ。」
がしがしと首の辺りを掻いて、ノゾムは歩きだした。
「あー、待ってよぅ、シキ、行こう。」
差し出されたレイの手を握って。
シキもまた、一歩前へと歩き出した。