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とある女神像の恋の話

作者: 佐藤楓


 私は真っ暗な世界に堕ちた。

 これが死ぬということだと知った。

 なんだか拍子抜けだな。

 神様に会ったり、転生したりするんだと思ってたのに。

 でも、いいや。

 生きててもしょうがないし。

 ずっと、このあったかい暗闇のなかにいるのも悪くないかもしれない。

―――これからも、そこにいる筈だった。

 一度消えた自我が再び芽生えるはずもなく、自分が何者だと認識するはずもなく。

―――・・・・・・・・・。


* * * * *


 ひりひりと、身体中にかすかな痛みが走っていた。

 何かがあてがわれ、優しく、私をなでる。


―――その人は満足げに微笑んでいた。


「やあ、おはよう。やっと君の顔を見れた気がするよ」


 私を愛しげに、目を細めて見るその人の目は空色で、あったかかった。

 ああ。あの暗闇よりも、こっちのほうが好きだ。

 

 その人は蜜色の巻き毛の髪に、色白の肌をしていた。西洋人だろうか。

 名前はなんていうのかな?どんな人なんだろう・・・。


 その人は私の頬から大きな温かい手を離すと、なにやら道具を手に私の身体を突付き出した。

 不思議なことに、そこまで痛みは感じない。

 なんだろう。この人は何をしているんだろう。私は首を動かすことができないからこの人の行動を見ることができない。


 カツンカツンカツン、コンコン、シャッシャ、カンカン。


 そんな音が、柔らかい朝日の差し込む工房らしき部屋に響く。 

 彼後ろの棚にはたくさんの小さめの石像が並んでいる。 

 綺麗な女の人に、天使、かっこいい男の人といった人間の像はもちろん、犬猫にライオン、馬や鳥など、形も色も多種多様な像がたくさん。

 

 そうか、この人は石像職人なんだ。

 そして、私もこの人の作品のひとつ。

 だとしたら、私はどんな姿をしているんだろう。

 

「アドリスさん、お客さんですよ。その子の依頼人です」

 

 私の後ろから声がする。

 どうやら工房の出入り口は私の後ろ側にあるようだ。

 

「ああ、フォル、ありがとう。ここに通してくれるかな。まだ途中だけど、どうせ見に来たんだろうから」


 この人はアドリスさん、ていうのか・・・。なんだか名前を知れただけでもうれしいな。

 でも、私は売られてしまうらしい。


「アドリスさん、朝早く失礼します。ちょうど通りかかったもので」

「いえいえ。こちらこそ完成に時間がかかってしまっていて申し訳ない。どうでしょう。まだ仕上げが残っていますが、完成が見えてきたでしょう?」

「おおっ・・・これはすばらしい・・・!」

「ちょっと待ってくださいね」


 カラカラと何かの音がする。

 音と共に私の目線が下がった。すると、私の視界に小太りの髭を生やした優しげな叔父さんが目に入る。

 毛の色は茶色で、やはり西洋人といった感じだ。


「すばらしい・・・!やはりあなたに頼んで正解でしたよ。報酬を弾まなければ」

「そんな。私は報酬だっていらないところです。・・・ただ、私もこの子に惚れてしまったようで、手放すのがもったいない」

「ははは、そうでしょうとも」


 あの人の手が愛しげに私の頬をなでる。

 ああ!もう私、また死んでもいいわ!!


「・・・では、私はこれで失礼させていただきましょう」

「はい。いつでもいらしてください。完成したら使いを出しますので」

「よろしくお願いします。ごきげんよう」


 私の買取手だという男性が出て行った後、再び作業は再開した。


 彼はおそらく石像であろう私に向かって話しかけながら手を動かしている。

 今は服の皺を彫っているそうだ。


「君は今どう思っているんだろうね。くすぐったいのかな?痛いかい?だとしたらごめんよ」


 本当に申し訳なさそうに言う彼に、動くこともしゃべることもできないことがどうしようもなくもどかしかった。

 

 私は完成すると、あの小太りの男性に引き取られ、とある公園に設置された。

 ちなみに完成したときに鏡を使ってあの人は私の姿を私に見せてくれた。


 前世とはまったく違う、真っ白で美しい女神様だった。

 

『ルル、綺麗だよ』


 うっとりと言う彼は、二人きりだけのときに使う私の名前を呼んだ。

 これが彼にとって一番しっくりくる名前だそうだ。


 ああ、私が人間だったら、ずっと貴方のそばにいられるのに!!

 ずっと貴方の傍に付き添い、貴方が逝ってしまったら後を追うこともできるのに!!


 しかし、私があの人と過ごすことのできた時間はすぐに終わってしまった。

 私は売り渡されて、それきりだった。


 後に知ったのだが、私が完成し、私を売り渡し、次の作品を完成させるまもなく、彼は・・・


 せめて、作りかけの作品を完成させてあげてほしかった。

 彼はすばらしい人。完成できなかったというその子も、彼に完成させてもらいたかったはず。


 人間とは、なんでこんなにも儚いのだろう。

 私みたいな石の像なら、・・・・・・


 なんども繰り返しそう想い、泣きたくても涙を流すことのできない日々をすごした。


* * * * *


 何年時が過ぎたんだろう。

 何回も季節が巡り、時代がかわり、もうあの時の傷は癒えた。

 

 私が見守り続けてきた公園は、いつからか恋人たちの溜り場になっていた。

 ひっそりと、町の喧騒が聞こえてこないここは、恋人同士で寄り添いあうにはうってつけの場所らしい。

 もちろん、私が見守っている公園だもの。当然じゃない。

 と、そう思わないこともない。

 人間という脆い存在の彼らが愛し合っているところを見るのは楽しいし、うれしい。


「やあ!今日も君はきれいだね!」


 最近聞き慣れてきた声がした。

 誰だかは知らない。

 私が設置されているところから、下にいる人間は見えないので、どんな顔かもわからない。

 石像である私なんかに話しかけてくるおかしな男だ。・・・あの人は別だけど。


「君が石像だなんて本当に残念だな。いっつも思うことだけどね」


 おきまりになってきたセリフだ。

 本当に、おかしな奴。


「そろそろ名前でも呼びたいな。君、どんな名前がいい?」


 とうとう石像に名前まで付けようと!!

 誰かが見たら絶対に頭のおかしい奴だと思う奴はずだ。

 私はあの人に付けてもらった名前意外きらいだぞ。


「はははっ。やっぱり、君の名前はこれしかないね!!ルル♪」


 !!!


 ・・・フフッ。

 本当に、おもしろい奴だ。


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