飼い主さんの出会いと出逢いの話。
……私はやっぱり懲りてないのかもしれない。
最近シヤンはしっかり私の言うことも聞くようになってきていて、これならもう心配は要らないと油断してしまった。
いや、あの時のことを考えると、もう油断なんて言葉じゃ言い訳も出来ない。
散歩の最中、いきなりシヤンはすごい力で動き出した。
私は止める暇もなかった。
一瞬、事故のことが頭に浮かび、急いで追いかけると、シヤンは私と同じぐらいの女の子に吠えていて、急いで止めに入った。
幸いすぐに謝ると、女の子も許してくれた。
それでもシヤンはまだ警戒を解こうとはしていなかった。
聞けば女の子――夜羽ちゃんはどうやら私と同い年(曖昧だったので、たぶん)で、この辺に住んでいたわけではないらしい。
この公園で迷子になると言うのはそういうことだ。
確かにこの公園は、来る回数の少ない人はとても迷いやすい。
昔から複雑な道をしていたのだ。
「えーと、近くに何かあった?」
「ん……周りは木だらけ。ジドウハンバイキが一個あった。……あと、トイレ。クサイやつ」
「あー……じゃ、あっちかな?」
このあたりで木に囲まれていて、公衆トイレがある場所は限られてくる。
「へー。じゃあ、今その人と待ち合わせしてるんだ?」
「ん、少し遅れてしまった……」
と、夜羽ちゃんは少し申し訳なさそうに俯いてしまった。
待たせたことを申し訳なく思っちゃってるんだ……。
「だ、大丈夫だよ。少し心配させちゃったかもしれないけど、謝れば許してくれるって」
「ん。ありがと」
「いえいえ」
話している間に、目的地まで近づいて、
「たぶんこの辺だと思うんだけど……? どうかな? 夜羽ちゃん?」
「ん、ここで合ってる。ありがとう。ホタル」
夜羽ちゃんはどうもあまり名前で呼んでくれないので、お礼とともに呼ばれて、私は少し頬が緩んでしまった。
「いた」
そんな私の様子に気づいていない夜羽ちゃんは待ち合わせの人物を見つけ、指をさした。
「え? どこ? ……ってあれ!?」
そこにいたのはこの前、お友達になった愛美さんと、もう一度会いたいと思っていた人物がそこにいた。
正直驚きだった。
夜羽ちゃんが神尾さんと一緒に住んでいるなんて。
家の事情は気になったけど、確かに気安く踏み入れていいところじゃないのは確かだった。
でも、一番驚いたのは夜羽ちゃんが怪我をしていると聞いたとき。
たいしたことはないとは言っていたけど、やっぱり心配だった。
でも怪我については聞いてはいけないような気がしたので、聞くことは出来なかった。
「それで、なに?」
愛美さんが帰った後、私は神尾さんを引き止めていた。
もちろん言いたいことはたくさんあるのだ。
「えっと、まずは……あの時、私を叱ってくれてありがとうございました」
「いや、こっちも言い過ぎたと思ってるよ」
「いいえ。あの時確かに私が悪かったんです。それをわからせてもらっただけでもお礼は言い足りないです」
ここまで言うと、神尾さんは困ったように笑っていた。
「神尾、さん?」
「いや、だったら感謝はありがたくもらっておくよ。それより高嶺さん。俺の名前知ってたんだ。はっきり自己紹介したっけ?」
「あ、いいえ。もう一度神尾さんに会いたくて、ヤジマ動物病院に何度か足を運んだんです」
「ああ、それで」
「神尾さんも私の名前知っててくれたんですか?」
「俺は飯田に聞いてね」
「じゃあ、あらためまして。高嶺蛍です。よろしくお願いします」
「神尾瞬。よろしく」
挨拶も終わり、踵を返そうとしたが、もう一つ用事を思い出した。
「あの、神尾さん」
「うん? 今度は?」
「あ、夜羽ちゃんのことなんですけど」
「夜羽?」
名前を呼ばれた本人は、不意をつかれ、とても驚いていた。
「ワ、ワタシが何?」
「大丈夫。なんか夜羽ちゃん犬に触ったことないみたいなんで、ちょくちょくシヤンと触れ合ってもらおうかと思いまして。あ、もちろん怪我に差し障りない程度でですよ?」
私が言った言葉に神尾さんは驚き、夜羽ちゃんはその事かと納得した。
「……それは、夜羽自身が決めることだから、夜羽がいいといえば問題ないけど……。どうしてそこまで夜羽にかまうんだ?」
「どうしてって……友達だからです」
「トモダチ?」
「うん。いや?」
「トモダチ……仲間?」
「そうだね」
「…………いやじゃない」
「よかった」
いやじゃない、と言う時の夜羽ちゃんの顔はとてもうれしそうだった。
神尾さんも、それを見てうれしそうに笑っていた。
「ならいいんだ。夜羽も行きたいときに散歩に出ればいい。病院に行くときは別だが」
「ん、わかった」
「あ、神尾さん! 最後にもう一つ」
「?」
「私のこと、名前で呼んでくれませんか? 私のほうが年下なんですから」
「あー……でも」
「……じゃあ、せめてさん付けはしないでほしいです」
「んー…………じゃあ、高嶺で」
「むー。しばらくはそれでいいです。慣れたら名前で呼んでください」
「……善処する」