彼を焦らせる彼女の話。
診察自体はあっさり終わり、数日分の治療に必要な道具をもらった。
ちなみに空気となりサボっていた臼井さんは、春川さんに見つかり、説教を食らっていた。
診察中、矢島さんは何か探るような目でこちらを見てきたが、あくまでこちらから話すまで事情は聞いてこないだろう。
矢島さんはそういう人だ。
「それじゃあ、矢島さん。春川さん。…………あ、臼井さん。さよなら」
「うん。またおいで……って獣医の僕がそれを言ったらだめか」
「先生、今度は患者さんを連れずに遊びにおいで。でいいんですよ。神尾君、またね? あ、愛美ちゃんによろしくね?」
「今、僕のこと忘れてたよね? 神尾君。それに僕は臼井じゃ……ってもういないし……。…………うん、もう臼井でいいや」
瞬は動物病院を出て、とりあえずいつもの自然公園に足を踏み入れた。
「あの人らはいつも元気だな……。てか、春川さんは何で飯田愛美のことを……?」
いろいろ考えを巡らせていると、腕の中で夜羽が小さく鳴き、若干暴れている。
「? な、なんだ? ……もしかして、人の姿になりたいのか?」
それを聞いた夜羽は首を縦に振った。
「ち、ちょっとまて。いくら人気がないといっても、ここはまずい。どっか隠れられる場所は」
瞬は大いに慌てた。何せ夜羽が今、人の姿になるというのは、誰かに見られる可能性があるだけじゃなく、見られずにすんだとしても、彼女は何も着ていない状態になってしまうのだ。
幸い、今までしつこく言ってきたおかげで、いきなり変わるような真似はしなかったが、待たせすぎたら、痺れを切らす可能性がないわけじゃない。
すると夜羽は嘴で持ってきたカバンをつつき始めた。
「? なんだ、あけろってことか?」
またも夜羽は首を縦に振った。
瞬は示されたとおり、カバンを開けてみると、そこには以前に買った夜羽の服が入っていた。
「……いつの間に……。出かける前に入れたのか」
瞬はため息をつきつつ、近くの誰も近づかないであろうトイレに夜羽とカバンを置いて外に出る。
しばらくすると、夜羽が着替えて戻ってきた。
「誰にも見られてない?」
「……あんな臭いのするトイレには誰も近づかない」
「そうか……。だが、外で変わるときはああいう場所ぐらいしかないぞ? だから、あんまり外でヒト化するとかは言うな」
「……わかった。なるべく家にいるうちに人間の姿になる。それより、ヒト化って……」
「いや、変わるだとか、人の姿になるとかって長くて言いづらくて」
「いいけど……」
いいとは言っているけど、あまり納得しているようには見えないが。
「んで? 何でいきなりヒト化したがったんだ?」
「ん、なんとなく。散歩したくなった」
「そうか、んじゃ行くか」
瞬は歩き出そうとするが、後ろから夜羽がついてくる様子はない。
「夜羽?」
「ね、一人で散歩していい?」
「は?」
「だから一人で。だいぶこの体にも慣れてきたし」
「…………んー」
確かに、夜羽は動きもスムーズになってきたし、怪我もだいぶ治ってきている。
人間の常識もいろいろ教えているから、何かをやらかすようなことはしないとは思うけど。
「……大丈夫なのか?」
「ん、シュンと一緒にいて、ニンゲンへの恐怖心もだいぶ取れてきたから平気」
心配なのはそれだけでもないのだが。
「……ま、いいか。じゃあ、一時間後ここに戻ってくるんだ。あ、後これ。お金も少し渡しとくから、隙に使え」
「わかった。一時間後」
そう言って、彼女は歩き出した。
もしかしたら、少し一人になりたかったのかもしれない。
「迷子にならなきゃいいけど……」
若干の不安が瞬の頭をよぎる。――が、すぐに頭を振ってその考えを振り払う。
ここは何度も夜羽と来ている場所だ。問題ない。
「……さて、俺はここらをうろついてっと」
「あ、瞬君」
後ろから聞いたことのある声がかかった。
面倒に思いながらも、彼は後ろを振り返る。