彼の彼女についての考えと空気の存在の話。
夜羽がうちに来て、三日がたった。
驚いたことに、夜羽の怪我が治る速度はかなり速かった。
これならすぐに良くなるだろう。
本人も早く飛びたいとぼやいていた。
この三日間、動きの練習のため人の姿で外に出るようにもなり、少しづつ人間に対する負の感情も薄れてきてはいるようだ。
そして夜羽には、人間としての常識も少しずつ教えていった。
どうやら人の姿のときは体質まで人と同じになるようだ。
いつも料理のときは、鳥の体に悪影響なものを考えながら作っていたが、隣で生ごみを見ていた夜羽がつぶやくように、
「いつもの姿のときに平気で食べていたものが、なぜかこの姿のときまったく食べたいとは思わない。と言うよりなんか気持ち悪い」
と言い出したのだ。
思えば、食材を考えながら作ったとはいえ、味付けは人間のもの。与え続ければいくらカラスでも毒になるかもしれない。
しかし、夜羽の体調にまったく変化はない。
やはり、わからないことが多すぎる。なにせ夜羽自身も、人の姿になれることに関して、理由などはまったく知識がないのだ。
「シュン?」
「ん……なんでもない。それより、怪我もだいぶよくなってきたようだし、一回矢島さんのところで見てもらおう」
人の姿になれることはとりあえず置いておこう。
どうせ考えたって答えは出ない。
何より考えることが面倒くさい。
ただ、それとは別に少し気になることがある。
それは夜羽は怪我が治っていくにつれ、なにやら考え込むことが多くなっている事。
だが、それはおそらく本人の問題。
口を出すことはできない。
「ん、わかった。行こう」
そう言って、夜羽は玄関まで向かった。
「……って、ちょっと待て! その姿で行くつもりか!」
「あ、そうか。今戻る」
ポンッ! という音とともに夜羽はカラスの姿になった。
怪我の具合を見るときはいつもこの姿になってもらっていたので、すでに見慣れた光景だ。
俺は夜羽を抱きかかえ、家を出た。
「矢島さんいますか?」
「ああ、神尾瞬君。矢島先生なら今、診察中だから少し待っててねー」
「はあ、臼井さんは行かなくて大丈夫なんですか?」
「僕は別の患者を診てたからね。っていうか僕、臼井って名前じゃないからね? 大村 洋二って名前があるから。ああ、その子が噂のカラスか」
大村洋二。第一印象は、半人前。と言うより、印象が薄く、初めて会ったときは、一緒の部屋に三十分も居たのに、俺は気づきもしなかった。
年齢は二十代前半にも見えるが、実際は謎とされている。三十歳後半だと言う噂もあれば、矢島さんと高校時の同級生だと言う噂、実は還暦を迎えてるんじゃないかと言う馬鹿げた噂まである。
「臼井半人前。うるさいです。馬鹿ですか?」
「ひ、酷い言い様だな……。さっきも言ったけど、僕、臼井じゃないよ? それに半人前って僕、結構長いんだよ? この仕事始めてから。まあ別にいいけど」
「………………」
「あー無視かー」
この人とはいつもこんな感じなんで、お互いにあまり気にはしてない。
「ああ、神尾君。来てたんだ」
診察室から犬を抱いた飼い主が出てきて、そのあとすぐに矢島さんが顔を出した。
「こんにちは。今日は一回こいつの診察してもらおうと思って」
「うん、わかった。だったらこのカードに必要事項を書いといて」
「…………め「面倒くさいってのは聞かないからね? 今日は遊びに来たんじゃなくて、診察に来たんでしょ?」………………はい」
俺は渋々、カードに記入していった。
この間、臼井はずっとその場にいたのだが、空気となっていたので、誰も何も言わなかった。
ただのサボりだ。