少女と怪我と犬と飼い主の話。
朝起きてから、お昼まで家でごろごろして、そのあと、遊びに出かけた。
もちろん、宿題なんてやるはずもない。
遊びに出かけると言っても、特に行く場所もない。ただの散歩だ。
「どーしよーかな」
矢島さんのところには昨日行ったから、今日も行くのはさすがに迷惑かもしれない。
瞬君の家に遊びに行こうか。
――あ、だめだ。私、瞬君の家知らないや。
前、一緒に帰った時は、途中で分かれちゃったから、大体の場所しかわからない。
ふと、目に入った近くのベンチに腰を下ろし、ボーっとしていると、
「こんにちは」
「ふぇ?」
突然声をかけられた。
「え、っと……」
「あはは。忘れちゃっいました? 私のこと」
目の前に居たのは、見るからに活発。といった感じの中学生くらいの女の子。
「ご、ごめんなさい……」
「うん、無理もないです? 私あの時めっちゃ泣いてましたし。でも、こっちは覚えてるじゃ?」
そう言って女の子の後ろから出てきたのは、大型犬のゴールデンリトリーバーだった。
確かにこのゴールデンレトリーバーは見覚えがある……。
「あ! あの時の!」
「うん。思い出してくれてありがとうございます。そしてあの時もありがとうございました」
少し前に瞬君と一緒に怪我をしたこの子を矢島さんの所に連れて行ったのだ。
「もう絶対離したりしたらだめだよ?」
「……うん。もうあんなことは絶対しない」
このゴールデンレトリーバーが怪我をしたそもそもの原因は飼い主であるこの子が、友達との会話に夢中でつないでいたリードを放してしまった事にあるのだ。
もともと、女の子は犬に下に見られていたので、おとなしく待っているなんて事はせず、走り出してしまい、スピード違反のバイクに跳ねられてしまった。
そして最低なことにそのバイクの運転手はそのまま走り出したのだ。
そこに偶然居合わせた瞬君と私が近くの動物病院に運び、事なきを得た。
矢島さんが言うにはもう少し遅かったら手遅れになる所だったそうだ。
「何度も言う形になるけど……この子を助けていただき本当にありがとうございました!」
「ううん。命に別状が無かったからよかったよ。えっと……」
「あ、私の名前は高嶺蛍って言います。この子はシヤンです」
「私は飯田愛美。よろしくね蛍ちゃん、シヤンちゃん。もう動いて大丈夫なんだね?」
「はい。少しなら。でも、会えてよかったです。あの時はちゃんとお礼を言えなかったので。あ、っと……その、飯田さん」
「愛美でいいよ。何?」
「はい、愛美さん。あの時私にお説教をしてくれた方は、どちらに行ったら会えますか?」
「瞬君? あー私も家は知らないんだけど……どうして?」
「いえ、あの人にもしっかりお礼を言いたくて……」
顔を赤くして、語尾がだんだん小さくなっていく。
会いたい理由が大体わかってしまい、私は心の中でため息をついた。
事故のとき、蛍ちゃんは友達と別れた後、自分の近くにシヤンが居ないことに気づき、あわてて探し出した。その際近くで犬が跳ねられた事を知り、あわてて矢島動物病院に駆け込んだらしいの。
そこで、シヤンの状態を知り、泣き出してしまった。
周りの人は矢島さんを含め、皆慰めようとしたのだが、瞬君は違った。
瞬君は、どうしてシヤンを離したのかを聞き、涙する蛍ちゃんを容赦なく叱りつけた。
犬の上下関係に対する認識の甘さ。犬を、動物を飼う大変さと命の重みを蛍ちゃんに教えたの。
蛍ちゃんは今までの軽い考えを改め、自分の起こしてしまったことを深く反省してた。
そしてそのまま自らを責めた。
だが、瞬くんは蛍ちゃんの頭に手を置き「反省するのはいい。だけど自分を責めすぎるな」と蛍ちゃんを慰めたの。
飴と鞭にしては、ありきたりかもしれないが、蛍ちゃんの気持ちが楽になったのは私でもわかった。
私は顔を赤くする蛍ちゃんを見ながら考えていた。
当時はわからなかったが今、瞬君の性格から想像すると、あの時瞬君は面倒ごとに巻き込まれ、若干イラついていたのではないか、と。
そして勢いで説教してみたが、予想以上に相手がへこんでしまい、周りの視線も気になった瞬君は、焦って慰めに入ったのではないか、と。
あくまでも、私の想像だけど。
「会いたいなら、あの時の動物病院に行けば居るかもしれないよ。ちょくちょく遊びに行っているみたいだし」
「あ、……はい! ありがとうございます」
声をかけられて、蛍ちゃんは正気に戻ったようで。
その後、他愛も無い世間話などをして、蛍ちゃんとわかれた。
その間、二人でシヤンをかまっていた。
まあ、犬にいっぱい触れたから私は幸せだったけど。
幸せに浸りながら歩いていると、前から志戸塚君が歩いてきた。
志戸塚君も同じクラスの……友達、かな? 一応。――志戸塚君はあんまりそう思って無さそうだけど……。
名前は竜刃。志戸塚竜刃君。
女の子みたいな名前に聞こえるけど実は、漢字で書くとすごく男の子らしい名前になる。
志戸塚君は自分から目立とうとしない。それは瞬君と同じだが、志戸塚君はさらに上を行く。
志戸塚君は、人との関わりをシャットアウトしようとするのだ。
だからといって完全に独りになるわけじゃない。
私が話しかけると、嫌々ながらも、ちゃんと受け答えしてくれるし、実は瞬君とも仲がいいのも知っている。
多分、瞬君と同じ、いや、それ以上のめんどくさがり屋なのだ。
それでも、私が授業で出た課題で悩んでいると、教えてくれたころもある。
実は結構いい人なのだ、志戸塚君は。
今回も宿題が終わらなかった場合の最終手段として、志戸塚君のメルアドをゲットしてあるのだ。
――あ、いや、あくまで最終手段だよ?
「やあ、志戸塚君! こんにちは」
ん? 私、何か変なこと言ったかな? なんか固まっている。考え事、かな?
「……………………宿題?」
「ち、違うよ? 今日会ったのは偶然だよ。宿題を教えてもらおうとしたわけじゃないよー。…………まだ」
「…………まだ……」
「い、いや! 聞かないよ? 多分。わからなかったときの最終手段として連絡先聞いただけだし」
「……絶対、今のところ一つもやってないでしょ」
「…………い、いや?」
「声、裏返ったよ? 目も泳いでるし」
「…………」
「もういいよ……。連絡は早めに。全部教えるのは時間かかる」
「っいや! 全部じゃないから! 少しは終わらせるから!」
「……そう。じゃあもう行くから」
「あ、うん。じゃあまたね」
なんか学校にいるよりも志戸塚君と喋った気がする。
――それにしても志戸塚君……宿題、全部やってなくても教えてくれるんだー……やっぱりいい人だなー。
「あら? 飯田さん?」
……あんまり会いたくない人にも会っちゃったなー。
感想お待ちしてます。