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愛とお花で世界は救えます♪――そう豪語する愚者たちへ。

掲載日:2026/10/21

ご覧いただきありがとうございます!

乙女ゲームの誰もいない庭?という疑問から生まれた短編小説です。

最後までスカッと楽しんでいただけたら嬉しいです!

 






「ねえ殿下、こっちです! すっごく綺麗な場所を見つけたんですよ!」


 あたしは殿下の手を引いて、学園の奥にある静かな中庭へと向かう。


「ほう、こんな静かで落ち着く場所があったのか……」


「ねっ、素敵でしょ!使わないなんて勿体ないじゃないですか!せっかく咲いた花が可哀想です ……」


「そうだな。せっかくあるのだから、……よし!ここを僕たちだけの秘密の場所にしよう。側近たちのうるさい目も届かないしな」


 殿下が優しく微笑んであたしの手をぎゅっと握るから、……思わず胸がきゅんと高鳴った。


 奥の方では、庭師のおじさんが淡々と花の手入れをしているけれど、あたしたちのことなんて気にも留めていないみたい。

 つまりは、誰も邪魔する人はいない場所。

 ここはあたしたちだけの、特別な秘密の中庭になった。






 それからというもの、あたしたちは放課後になると毎日のようにあの中庭で落ち合う。

 レオンハルト様は、最近バタバタと忙しそう。

 理由を聞くと、婚約者のクリスティーナ様が交流留学にいかれているそうだ。


「ねえレオンハルト様、クリスティーナ様がいなくて大変みたいですね。側近の方々から聞きましたよ」


 あたしがそう言うと、レオンハルト様は鼻で笑った。


「ハッ、あいつがいなくてせいせいするよ。僕のまわりには優秀な者らがいるんだ。たぶん僕から相手にされない惨めさに、あの女は遂に逃げ出したのさ」


「えぇ~、レオンハルト様! クリスティーナ様にヒドいですよ。……でも、その代わりレオンハルト様と一緒にいられて嬉しいです♪」


 あたしたちは中庭のベンチで肩を寄せ合い、笑い合う。

 その時間がレオンハルト様にとって、唯一癒され満たされるらしい。

 クリスティーナ様がいなくなったから、殿下は仕事が増え逃げ出し、側近たちを困らせているけれど、大丈夫と言うから大丈夫なのだろう。

 あたしに難しいことはわからないから──。

 でも、もしクリスティーナ様と争うことになっても絶対に負けない!

 だってあたしとレオンハルト様は将来を誓い合ったんだもの。

 文句があるなら直接言えばいいのよ!

 身分とかマナーとか、 そんなのあたしたちには関係ない。

 だってあたしは、未来の王妃なのだから!






 ──時は過ぎて。


 クリスティーナ様が留学してからの2年間、あたしたちの学園生活は本当に幸せだった。

 学園生たちも、私たちの仲を歓迎しているのだろう。

 学園の先生たちも、大臣の息子である側近様たちも、誰一人としてあたしたちの仲を怒ったり注意したりしない。

 時々授業をちょっとサボって、中庭でお茶をしたり、レオンハルト様に甘えて宿題を手伝ってもらったりしたけど、とても幸せな時間だった。


「レオンハルト様、最近みんなあたしたちに優しくないですか?」


「当たり前じゃないか。僕は次期国王だぞ? それに、クリスティーナより君がいいに決まっている」


 あたしは嬉しくてレオンハルト様に飛びつくと、ソッと優しく受け止めて、ぎゅっと抱きしめてくれる。

 フフ、ずっとこのまま素敵な時間を過ごしたい。


 その日の学園の帰り道──。


「さぁ、お前に似合うモノを仕立てよう」


 あたしは卒業パーティーで着るドレスの仕立てに胸を躍らせてた。


 ──もうすぐ卒業。


 卒業パーティーの場で、レオンハルト様がクリスティーナ様との婚約破棄を正式に発表して、あたしを新しい婚約者として発表してくれる。


 クリスティーナ様は二日前に帰国したらしいけれど……。

 大丈夫!この2年間、あたしとレオンハルト様が積み重ねてきた愛と実績は、誰にも負けないんだから!


 でも……やっぱり悪いことしちゃったな、と思ってるの。

 あなたの婚約者だって知っていたけれど、好きになっちゃった気持ちは止められなかったの!

 ごめんなさい、クリスティーナ様。

 どうか、許してくださいね♪






 そして、迎えた卒業パーティー当日♪


 あたしはレオンハルト様にエスコートされ、会場の大きな扉をくぐった。

 みんなの視線があたしたちに集まる。


 あぁ、とっても幸せな気分!


「みなの者! 本日は集まってくれて感謝する!」


 壇上に立ったレオンハルト様が、高らかに声を張り上げた。


「僕は本日をもって、クリスティーナ・ルイーゼ・グランウェルとの婚約を破棄し、ここにいる彼女を正式な婚約者として迎えることを宣言する! 職務を放棄し、国外へ逃げ出したヤツなどに、王妃になる資格などない!」


 会場がざわめく。

 あたしはうっとりとレオンハルト様を見つめ、勝利の余韻に浸る。


 ——すると。


 会場の方から、クスクスとさざ波のようにあちこちから鳴り響いて……。


「……嫉妬、ですか? 随分と可愛らしいお話ですこと」


 人波が割れ現れたのは、2 年前よりずっと美しく、洗練されたクリスティーナ様だった。

 柔らかな薄紅色のドレスを纏い、ゆるやかに波打つ金髪には瑞々しい生花が彩りを添える。

 その姿はあまりにも神々しく、圧倒的な気品と美を放っていた。


 周りの者たちも、クリスティーナ様の姿に圧倒され、戻って来たことを喜んでいる。

 そしてレオンハルト様は、久しぶりに見るクリスティーナ様に驚き、口を開けて見ていたのだ。





 ◇◇◇◇





 〖クリスティーナ視点〗



 昼食の後、まわりの賑やかさから少し離れたくて、静寂の残る中庭へと向かった。


 ──いつも誰かしらに囲まれている私。


 今日くらいは一人になって、ホッと胸を撫で下ろす時間が欲しかった。

 木漏れ日が優しく揺れる、私の大好きな隠れ場所。


 ……けれど、そこに足を踏み入れた瞬間、目の前の光景に思わず息をのんだ。


 木陰にいたのは、私の婚約者レオンハルト殿下。

 そして彼にそっと体を寄せ、心底楽しそうに微笑んでいる一人の女学生だった。

 私がここに来たのは、誰の目にも触れない場所だから。


 ……だとしたら、あの二人がここにいる理由も、きっと同じ。


 ショックで震えそうになる足を押さえ、私は慌てて太い木の幹の陰へと身を潜めた。

 ぎゅっとドレスの裾を握りしめ、胸の鼓動を抑えながら、静かに二人を見つめる。

 二人は自然に手を重ね合い、顔を近づけて楽しそうに笑い転げている。


 ……一体、何があれほど楽しいのかしら。


(私といる時は……あんな顔、一度も見せてくれたことがないのに)


 私と過ごす時の彼は、いつだって退屈そうで、話しかけても気のない返事と冷ややかな愛想笑いばかり。

 思い切って話題を振ってみても、「別に、何も、変わらないよ」と素っ気なく繰り返されるだけだった。

 冷たい樹皮にそっと背中を預け、私は遠くを見つめる。


 あの二人は、どんな関係なの。

 そして私はここで、一体何をしているのか。


 胸元にそっと手を当て、自分の鼓動に耳を澄ませてみる。

「完璧な婚約者」としての役割をこなす毎日で、自分が心からやりたいことなんて、いつしかなくなり、いや、考える時間を失っていった。


 ──レオンハルト殿下のあの晴れやかな笑顔を見る。


 彼自身は役割なんて気にも留めず、あんなにも自然体で、誰にも気兼ねせず過ごしているというのに……。


 ──それに比べて私は……?


 私自身が重荷を下ろして、ふうっと、息を吐き出せたのは、いつのことだったかしら?

 冷たい風が胸を吹き抜けるような感覚に、私は茫然と立つ。


(私って……まるで馬車の車輪みたいね)


 周りが困らないように決められた上を、流されるまま、ぐるぐると動かしているだけ……。

 自分の頼りない手を見つめて、私は小さく息を吐き、その場をソッと後にした。


 その傷ついた後ろ姿を、少し離れた場所から見つめる、誰かの視線にも気づかないまま――。






 その日、私は王城へは向かわず、まっすぐに屋敷へと引き返す。

 当然ながら、予定よりもずっと早い帰宅に、出迎えた屋敷の者たちは目を丸くして驚いていた。

 私は「少し……頭が痛むのです」と、本当のような嘘を小さく呟く。

 そして、疲れた心をすっきりさせたくて、柑橘とミントを浮かべた特製のアイスティーを、ピッチャーで淹れてほしいとお願いした。


「えっ……? ピッチャーで、ございますか?」


 侍女は首を傾げていたけれど、今の私は誰にも邪魔されず、一人でゆっくりと考えに浸りたい。

 いつもなら、自室に戻ったとしても、誰か訪ねてくるかわからないと、部屋の中にいる時さえ、いつも隙なく身なりを整え、変わらず背筋を伸ばしていた。


 そう、周りが私に求める「理想の淑女」であり続けるために───。


(……でも本来の私は、一体どこにあるの?)


 私はふと顔を上げ、静まり返った室内を見回す。

 ここは私の部屋なのだから、どこか「本来の私」が隠れているはず……。

 とりあえず、衣装部屋のクローゼットへ足を向ける。

 重厚な扉を開くと、そこには整然と並んだ煌びやかなドレスの数多にあった。

 よく考えてみれば、私自身でこの扉を開け中を眺めること、これが初めてかもしない。

 可憐で華やかなドレスがたくさん飾られている。

 けれど、この中で私が選んだものは、どれ一つとしてなかった。

 様々なドレスを見つめなか、ふと首をかしげて考える。

 なぜか型違いで多い、色鮮やかな赤色ドレス。

 私──、そんなにこの色が好きだったかしら?

 そんな疑問を抱えながら別の場所へ移動し、小さな宝石箱の引き出しを一つずつ開けてみる。

 すると、ひとつのアクセサリーを見た瞬間、遠い記憶を刺激した。


「……あぁ、これ……私、とても好きだったわ」


 それは幼い頃、母に泣きおねだりし譲ってもらった大切なリング。

 柔らかな光を受けるたび、虹色に揺らめく淡いオパールと、その丸みを帯びた愛らしいフォルムが、すごくお気に入りだったのだ。

 そっと指先を滑らせ、その指輪を薬指にはめてみる。

 おねだりしたあの頃はまだ指が細くて、ブカブカでくるくると回ってしまっていたのに――今はきれいにフィットしていた。


(私も……ちゃんと大きくなっていたのね)


 なんだかおかしくてクスッと笑い、私はそのまま、ドレッサー前の椅子へゆっくりと腰を落とした。

 指輪をはめる──、ただそれだけのことなのに、先ほどまでの重苦しい私とは、まるで違う自分になれた気がする。

 テーブルの上にあるグラスに、ピッチャーを持ち上げ冷たいアイスティーを注ぐ。

 トクトクと涼やかな音を立てるグラスを両手で包み込み、ゆっくりと傾けて口に含んだ。

 爽やかな柑橘の香りとミントの清涼感が喉を通り抜け、強張っていた全身をじんわりと解きほぐしてくれる。


「はぁぁ……。なんだか、胸の上の重い石が、すうっと消えていくようですわ……」


 私はピンと張っていた背筋を解き、背もたれへと身体を預けた。

 両肘を肘掛けに乗せ、全身の力を抜いて椅子に深く体を沈めこむ。

 たったそれだけで、世界ががらりと変わり、まるで自由になれたかのような心地よさが広がる。


(ふふ……私、案外こんなささやかな時間が大好きなのね)


 肘掛けに置いた手元へ目を落とせば、指に留まったオパールが優しく輝いている。

 決してでしゃばらず、控えめで、なんて可愛らしいのだろう。

 果実が浮かぶピッチャーを見つめながら、ふと思い出す。

 私は昔から季節のフルーツや彩り豊かな飲み物が大好きで、それは今でも変わらない。

 自分でも無意識にそれだけは続けていて、そして心を楽しませてくれたのだと気づいた―――。


「さて……次はどこを探しましょうかしら♪」


 心がふんわりと軽くなった私は、もう一度椅子から立ち上がり、お部屋の中の「小さな宝探し」を再開した。

 食事の準備が整ったと声をかける瞬間まで、子供のように目を輝かせながら、本当の自分を探し続けるのだ──。





 ◇◇◇◇





 〖父親視点〗



 クリスティーナはもともと、のんびりとした大らかな子どもだった。

 自分から進んで何かを成すというよりは、「必要だから、やる」といった風情の、どこかマイペースな娘。

 だからこそ、彼女が次代の王太子妃に選ばれたと聞いたとき、私たち夫婦は密かに胸を痛めたものだ。


 ――あの子が、あの権謀術数の渦巻く王宮でやっていけるのだろうか。


 だが、月日は残酷に彼女を変えていった。

 初めの柔らかい笑顔は消え去り、身を護るように隙のない、氷のように冷たい人間になっていく。


(本当に、これでいいのか……?)


 しかし、「王妃教育とは国を支える者を育てる厳格な試練だ」と言われれば、親である前に公爵として、強く反対することもできない。

 だからせめてもの愛情表現として、どんなに遅くなっても、必ず「おかえり」と声をかけ迎えるようにした。

 ここは君の場所だ、安心していいのだと、態度で示し続けたのだ。

 どんなに人形のような感情のない瞳をしていても、帰ってくれば必ず旬の果物や、温かなハーブティーに手を伸ばす。

 だからクリスティーナは大切な娘であり、私たちと何処かで繋がっている信じていた。


 だが努力する娘にも限界が、静かに訪れていたのだ。


 ――そして迎える、学園へ入学から数ヶ月後。



 学園生徒たちは、遠巻きに眺めることはあっても、決して足を踏み入れることがない場所があった。

 もちろんそこには理由があり、大人の底意地の悪さもその場に存在している。

 だが同時に暖かな優しさもあり、これが大人社会なのだと知らしめる場所でもあるのだ。


 ……しかし残念なことに、その場を王太子と平民の女が、平然と踏みにじったのである。


 私は娘から話を聞いた後、執務室へと向かった。

 火急に届いた王妃からの手紙にも、同様のことが書かれてあった。

 私は手紙を届けた隠密に命じる。


「陛下へ内密の相談と……すまないが、娘の諸外国への交流留学の手配をお願いしたい」


 我が娘を蔑ろに扱い、その努力を踏みにじった愚者よ。

 物事の善し悪しも分からず、自分らを優先するその浅はかさに反吐が出る。


  まぁ、いい。……お前らの浅はかな『お花畑』を存分に堪能すればいい。





 ◇◇◇◇






 卒業パーティーの会場から、何が起きたかも分からぬまま王城の——『審問の間』へと連行されたレオンハルトとマリア──。


 周囲を固めるのは、冷めた視線のグランヴェル公爵をはじめ国の上層部たち、そして静かに控えるクリスティーナ。

 正面の重厚な玉座には国王と王妃が、表情なく鎮座している。


「父上! 母上! なぜこのような場所へ我らを連行するのですか!」


 レオンハルトが納得いかず叫ぶが、国王は眉一つ動かさず、重たい溜め息を吐いた。


「黙れ、レオンハルト。……貴様は学園という場所が何のためにあるのか、最後まで理解していなかったようだな」


 重々しい国王の声が、静まり返った審問の間に低く響きわたる。


「学園とは単なる学び舎ではない。宮廷や社会の縮小版であり、己の教養を実践する『社交場』だ。教えられて覚える段階はとうに過ぎ、察し、学び、自ら動く者でなければ国など支えられぬ。…………貴様にはその下地を十年かけてたっぷり叩き込んだはずだった。普通ならば」


「っ……! 僕は理解しております! だからこそ、王太子として——」


「何も理解しておらん!」


 パァン!と、国王が肘掛けを打つ激しい音が部屋に轟いた。

 横に並ぶ王妃が、静かに扇子を閉じながら、悲嘆にくれた冷たい眼差しで息子を見下ろす。


「レオンハルト。貴方が『僕たちだけの秘密庭』と浮かれて通い詰めたあの中庭は、『クリスティーナの中庭』と呼ばれる場所ですよ」


 王妃の静かな声に、マリアが怯えたように肩を震わせた。


「あの場所はね。国そのものである王家やその関係者に嫁ぐため、血のにじむような努力と重圧に晒される最高位令嬢のための『唯一の息抜き場』として配慮された場所なのです。学園では派閥や人脈交流、放課後では王城での国政実務……息を吐く暇もない日々を過ごす彼女に、そこだけは心から休息をとっていただこうと学園全体の『暗黙の了解』という配慮でした」


「だ、だからと言って! 罰則もない立ち入り禁止でもない場所に、僕たちが立ち入って何が悪いのですか! 花を愛で、二人で過ごしただけです!」


 開き直るように叫ぶレオンハルトに、王妃は首を横に振った。


「罰則がないから、ルールがないから入って良い……? 庶民であっても、ある程度の教養があれば『クリスティーナ様の中庭』という言葉の重みを察し、遠巻きに見守るものです。……そして何より、あそこには歴史的なトラップが仕掛けられていたというのに……」


「トラップ……?」


 レオンハルトが目を見開くと、国王が腕を組み、冷酷な『歴史の事実』を語り始めた。


「なぜあえて、奥まった場所に最高位女性の静養所があるのか。なぜ個人の名を冠して呼ばせるのか。……レオンハルト、貴様は歴史の授業で何を学んでいた? かつて我が国で、ある奔放な女性が引き起こした凄惨な事件を忘れたか」


 肘掛けに腕を乗せ、国王は我が子に蔑んだ眼差しを送る。


「っ……!」


 その視線と、事件の話にギクリとし、冷や汗を流す、レオンハルト。


「己の感情と欲望のままに立ち振る舞い、政治的混乱を招き、当時の高位令嬢たちを死に追いやった愚行だ。男どもは狂い、治安は悪化し、男女問わず多数の自殺者を出した、我が国の暗黒時代……。国が彼女たちを守れなかった猛省から、あの中庭は作られたのだ」


 国王の鋭い眼光が、レオンハルトの後ろで震えるマリアを射抜く。


「あの場所は『歴史的事件の再来を防ぐための監視区域』であり、『歴史を学び、察する力があるかを見極める踏み絵』。それがあの中庭だ。生徒たちが近づかなかったのは、お前らに対する遠慮ではない。過去の悲劇を知り、配慮と知性を持っているからだ」


「「なっ……?!」」


「だが貴様はどうだ? 歴史を学ばず、配慮を知らず、護衛を撒いて警戒区域へ馬鹿面晒して侵入し、女の甘言に乗って浮かれに浮かれた2年間……340回。公務放棄280時間……隠密たちが記録したこの行動こそが、貴様が『王太子として完全に失格』であるという動かぬ証拠だ」


 国王の手から投げ捨てられた羊皮紙の束が、レオンハルトの足元にバサリと散らばる。


「父上……! そんな、たかが中庭に入ったくらいで……! 誰も僕を注意しなかったじゃないですか! 先生も、側近たちも!」


 レオンハルトが縋り付くように叫ぶが、王妃は哀れむような目で見つめるだけだった。


「注意されなかったのはね、レオンハルト。全員が貴方たちに『関わるだけ無駄な人物』として、静かに見捨てたからですよ」


「ひっ……!」


 マリアが短い悲鳴を上げて床に崩れ落ちた。


「レオンハルト。貴様に王太子を名乗る資格などない!……クリスティーナ、愚息の分まで、大変な思いをさせたな。許しておくれ」


 国王が深く頭を下げると、傍らに立っていたクリスティーナは、静かに首を振って流れるように優美な礼を執った。


「滅相もございません、陛下。……私はあの交流留学で、大きな学びを得ましたわ。諸外国の文化や、多くの方々との素晴らしい縁に恵まれ……とても実りある時間を過ごさせていただきました」


 クリスティーナが紫の瞳を誇り高く煌めかせ、晴れやかに微笑む。

 その神々しいまでの気品に、国王は目元を緩め、心底嬉しそうに深々と頷いた。

 そこに、地を這うレオンハルトたちが割り込める隙など、一ミリたりとも存在しなかった。


「フム……実に頼もしいな。そして大輪の華の如き美しさよ。──外の世界を楽しむことはできたか?」


「はい。しっかりと目を肥えさせていただき、誠に楽しゅうございました」


「そうか、ならば後ほど色々と話を聞かせておくれ。……長旅で疲れただろう。今日はもう退出して、ゆっくり休むといい」


「クリスティーナ、私も話を伺いたわ」


「感謝いたします、陛下。えぇ、王妃様ぜひ」


 国王と王妃は微笑み、クリスティーナを間から退出させる。

 クリスティーナは優雅に頭を下げ、退出した。

 王妃は愛情を浮かべた眼差しで見つめ、その様子をレオンハルトが絶望が静かに絶望する。

 そして王妃の視線は、縮こまっているマリアへと移した。


「そういえば、聞きたい事があったの。……お前は知っていましたね」


 国王とクリスティーナの会話で穏やかだった空気は一瞬で消えさり、寒々とした王妃の声が響く。


「『クリスティーナ様の中庭』と言われている事を……。なのになぜかしら?わざわざクリスティーナが休息するだろう時間に、愚息を連れて行ったの? ……お前はクリスティーナに、何を見せたかったのかしら?ただの庶民が次期王妃たる女性に対して、お前がどれだけ素晴らしい女だと主張したかったの?」


「ひっ……! ち、違います……! 私はただ、綺麗な場所だから……!」


 マリアが青い顔で首を振り、縋るような目でレオンハルトを見る。

 しかしレオンハルト自身も我が身可愛さに彼女からサッと顔を背けていた。

 誰も彼女を庇う者はいない……。

 王妃は呆れ果てたものを見る目で、マリアを値踏みするように見下ろした。


「知らなかったなど言い逃れは許しませんよ。あの場所が最高位令嬢の専用庭であることは、入寮時に説明し、その場にあなたがいた事もわかっています。そしてクリスティーナの休息時間帯も、学園では誰もが知っていることよね。お前も相部屋の子と話していたでしょう?」


「あ……あ……」


「わざわざその時間を狙って愚息を連れて行き、彼女の大切な静養時間に、お前は自分たちが戯れているところを見せつけた。そしてクリスティーナが傷ついている姿を見たかった。……そうでしょう?違う?」


 王妃の鋭い追及に、マリアは脂汗を流し、言葉を失って床に這いつくばる。

 そんな彼女の姿に愕然した顔で見る、レオンハルト。

 彼女は理由を知っていた……!


「……お前はまさにあの歴史の再来よ。お前のようなヤツのために、あの中庭はあるのだ」


 国王の低く重い声が、静まり返った審問の間に冷たく響き渡る。

 王妃の侮蔑の眼差しを地に伏せるマリアと、ショックの余り腰を抜かしたレオンハルトを見た。


「……さて、せっかくだから、余興を一つしようではないか」


 国王は身を起こし底意地の悪い顔で、肘掛けに置いた手に顎を乗せる。


「今ここで、お前が次期王妃になれる理由を、この国を治めている者たち、そして諸外国の重鎮を前に納得させなさい」


 ──広間の空気が極限まで凍りつく。


 周囲を囲むのは、グランヴェル公爵をはじめとする重臣たちと、諸外国大使と教皇庁の特使——文字通りこの国と世界を動かしている本物の権力者たちだ。


 なぜ彼らがこの場に現れたのか──。

 それは、どこにでもお花畑が存在するということだ。


「ひ……っ! な、納得……!?」


 マリアは青ざめた顔を上げ、すがるようにレオンハルトを見つめる。

 だがレオンハルトはガタガタと震えるばかりで役立たずだった。


「どうした? 貴様らは学園で3年間、『自分たちこそが真実の愛であり、正義だ』と胸を張っていたのだろう? クリスティーナを『嫉妬深い女』と蔑み、身分やマナーなど関係ないと豪語していたはずだ。……ならば語るがよい。教養も、外交の知見も、歴史の教訓も、国家防衛の意識も何一つ持たぬ平民の女が、いかにしてこの国の頂点に立ち、民を導くというのか?」


 国王は頬杖を解くと、まるで汚れものを振り払うかのように、二人に向けて軽蔑のこもった手をひらひらと振ってみせた。


「あ……あたしは……っ! 殿下を愛しています! 殿下の心を癒やして、お花を愛でて……っ、二人で幸せな国を作ろうって……!」


 必死に叫んだマリアの言葉。


 だが、広間に響いたのは——あまりにも冷ややかな、誰一人として笑わない静寂だった。

 重臣たちも、大使たちも、哀れみすら浮かべず、ただ無の視線で二人を見つめている。

 王妃が静かに扇子を広げ、溜め息混じりに呟いた。


「『愛』と『お花』ですか。……国債の償還も、隣国との軍事協定も、領地の飢餓も、すべて『愛とお花』で解決なさるおつもりでしたのね。……聞くだけ無駄でしたわ!」


「ひぃっ……!」


 国王は深く、重々しい溜息を一つつく。


「理由を何一つ示せぬどころか、自らの無知と愚かさを晒したのみ。……もはや不愉快極まる醜態だな」


 国王は、ぐちゃぐちゃなマリアから嫌そうに視線を外し、その横で青ざめて震える息子へと感情の見えぬ視線を向けた。


「……さて、次は貴様だ」


 途方もない呆れと軽蔑を宿した目でレオンハルトを見る。


「ひっ……! ち、父上……!」


 無様に座り込み震える姿は、王族という自覚さえない有様だった。


「……お前はどうなんだ。国家のために、お前がクリスティーナよりその女が良いと言い切った理由はなんだ?先ほど、大見栄を切って宣言していたな。お前には勉学の時間をたっぷり与えている。マシな答えを言えるだろう?」


 言われたレオンハルトは、喉の奥が乾き生唾を飲む。

 国王の声は静かだったが、部屋の空気を完全に凍りつかせる重圧があった。


「王太子たる者、個人の嗜好や好みで王妃を選ぶことなど許されぬ。『国の顔』であり、共に統治を担う伴侶として……クリスティーナを捨て、その女を選ぶことが我が国にどのような利益をもたらすと判断した? 語ってみよ」


「そ、それは……っ!」


 レオンハルトは何度目かの喉を鳴らし、汗をダラダラと流しながら必死に言葉を探す。


 しかし彼の頭に浮かぶのは、「僕を敬ってくれる」「一緒にいて居心地が良い」「クリスティーナのように小難しい説教をしない」という、あまりにも幼く身勝手な私利私欲だけだった。


「言えぬか? 貴様は学園で誇らしげに語っていたではないか。『僕の周りには優秀な側近がいる』『逃げ出したクリスティーナより彼女が良いに決まっている』とな」


「っ……! 彼女は……彼女は、僕の心を癒やしてくれます! クリスティーナのように冷たく僕を品定めするような真似はせず、僕をひとりの男として尊んでくれるのです! 王となる者には、安らぎと真の理解者が必要で……っ!」


 必死に絞り出した王子の言葉。

 だが、それを聞いた国王の瞳から、最後の情けが完全に消え失せた。


「……安らぎ、と?」


 国王の隣で、王妃が冷ややかな笑みを浮かべて静かに言い放つ。


「耳の痛い忠告をし、王太子としての責務を思い出させる完璧な婚約者を『冷たい』と遠ざけ……ただ貴方を甘やかし、持ち上げてくれる都合の良い女を『理解者』と呼んだのですか。レオンハルト、貴方が求めていたのは『王妃』ではなく、ただの『従順なペット』ではありませんか!」


「な……っ! 違います! 僕は……!」


「黙れ!!」


 雷鳴のような国王の一喝が審問の間に轟いた。


「『国の顔』と『己の好み』の区別すらつかず、耳に心地よい甘言だけに溺れ、国の安全保障すら忘れ去った愚者め! 目の前にある本物の宝石(クリスティーナ)の価値も見抜けず、そこら辺の石を宝石と持ち上げる……貴様のその腐った『目』と『傲慢』こそが、我が国最大の汚点であり欠点だ!」


「ち、父上……っ!」


「クリスティーナは留学先でさまざまな知識人らと交流し、我が国に流用できる知識や技術をもたらして帰国している。……で、お前はこの3年間、何をした? 公務をサボり、警戒区域に忍び込み、一国の王太子でありながら女の手を引いておままごとをしていただけだ!」


 国王は冷酷に宣告する。


「『国の顔』の何たるかを知ろうともせず、己の欲望と好みを国益の上に置いた貴様に、王族を名乗る資格など微塵もない。……レオンハルト、本日をもって廃嫡とする。二度と余の前にその見苦しい顔を見せるな!北方の塔へ永久幽閉、そして——この女については、王家および我が公爵家に対する『不敬罪・ならびに秩序攪乱の罪』により、即座に地方の労働刑務所への永久送りとす!」


 国王は、地に額をこすりつけて泣き叫ぶヒロインを一瞥し、騎士たちが両腕を掴み、引きずられていくヒロインの「いやだ、離して! 殿下助けて——!」という悲鳴が、重い扉の向こうへと消えていく。

 レオンハルトもまた、自分の犯した罪の重さと、取り返しのつかない現実の前に、虚無の目をしたまま連れて行かれた。


 あんなにもお花畑で、自分たちが世界の中心だと信じ切っていた愚か者たちの末路は、あまりにも静かで、そして冷酷な「国家の法」によって完全に断罪されたのだった。






 彼らが去った後、国王は疲れたように大きな溜息をつき、深く玉座に身体を預けた。


 重苦しい静寂が広がる会場——。


 そんな中、パチパチパチ……と、呑気で軽快な拍手の音が響き渡った。


「ハハハ! 素晴らしいですねぇ。ぜひ我が国でも作りましょう! 申し訳ないが、あの中庭の見学許可をいただきたい」


 そう言って歩み出てきたのは、ある国の大使だった。柔らかな笑みを浮かべ、いかにもぬけぬけとした態度で扇をパタパタと仰いでみせる。


「はぁ、貴方様はまったく……。しかし、確かにあの中庭は見事なトラップですな」


 教皇庁の司祭もまた、白い髭を指先で捏ねながら「ウムウム……」と深々と頷いていた。


 ……重苦しい悲劇の余韻など、ここには一切存在しない。


 ───あるのは、国家を動かす者たちの冷酷で実利的な計算だけだった。


「……あの中庭は、隠密の訓練場も兼ねていてな。愚者を炙り出すにはちょうど手頃で、いろいろと試せるのだ」


 国王が呆れ疲れたように告げると、諸外国の重鎮たちは手を打って得心がいったように笑い合った。


「あぁ! なるほど!! 庭仕事、変装、警護、隠蔽、密偵……確かに、すべてを試す格好の実験場だ!」


「……しかし、なぜあのような『お花畑』が湧いてくるのでしょうな。教育しても、しなくても微妙ですなぁ」


 大使が肩をすくめて呆れたように呟くと、周囲の重鎮たちは顔を見合わせ、苦笑いを浮かべて静まり返った。

 ここ最近の各国の傾向として、第一王子(王太子)が途中で脱落し、代わりに第二王子が王位に就くパターンが頻発していたのだ。


「しかし……国を治めるのに『愛と花』ですか……」


 誰かがポツリと漏らしたあまりに浮世離れした答えに、百戦錬磨の重鎮たちも一瞬言葉を失い、心底ドン引きした表情を浮かべた。


 ——その後。


 諸外国の重鎮たちは帰国するや否や、すぐさま自国の学園に『中庭』を作らせたという。

 国を愛と花で治められたら、待っているのは滅亡以外にないのだから——。



(おしまい)








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― 新着の感想 ―
国の偉い人がちゃんと偉い人で安心w お花畑以外は生徒達もみんなマトモだったようで何よりですwwwww んで、次の王太子はどうするのかしら? 第二王子とかいるのかな?
定番イベントスポットがトラップとは数世代前は一体どれだけヤらかしたんだ。
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