↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

殿下ったら、飛び出したバッタに驚いて全治3ヶ月ですって

掲載日:2026/10/03

「殿下。剣術の練習中に飛び出してきたバッタに驚いて自分の足を斬りつけて全治3ヶ月というのは本当ですか」


 自室で優雅に紅茶を飲んでいたアラン第三王子はそれを聞いて彫像のように整った顔を歪ませた。

 問いかけてきた侍従はニヤニヤしている。どう考えても信じてないし心配もしていない。それもそのはず。アランはどこにも怪我なんてしていないし、そもそも最近は剣術の練習もしていないのだから。


「またか……。どうせあいつだろう。呼び出してくれ」


 侍従を見送ってアランは深いため息をついた。これからまた会う人会う人にこの話題でニヤニヤされる日々が始まると思うと憂鬱だった。



◇

 


「ご機嫌麗しゅう、アラン殿下」

「ナディア。またやっただろう」


 呼び出しに応じてやってきた婚約者、ナディアに挨拶も返さず問い詰めると、ナディアはすっと目をそらした。


「なんのことだかわかりませんわ」

「とぼけるんじゃない! こんなしょうもない噂を流すのはお前しかいないだろう! もう26回目だぞ!」


 アランが声を荒げるとナディアはそっぽを向いたまま黒い瞳に涙を溜める。


「だって……だって……アラン殿下が悪いのですわ。この前のお茶会でシシィ殿下と笑顔でお話なさってたもの」

「仕事なんだから仕方ないだろう! 隣国の王女をもてなすのは王族の仕事だ!」

「それでもイヤですわ! 他の人なんて見ちゃイヤ! アラン殿下が笑顔を向ければ、みんなすぐに好きになってしまうもの。アラン殿下は私のものですわ……」


 ナディアは大粒の涙をこぼしながら、ぷうと頬を膨らませている。

 

 たしかにアランは顔が良かった。幼い頃はあらゆる大人から天使と呼ばれていたし、14歳になった今も街では絵姿が飛ぶように売れるし、視察に行ってただ微笑んでいるだけで王家の人気は上がる。

 

 一方のナディアは辺境伯の娘だが容色にはいまいち恵まれなかった。黒い髪に黒い瞳なのも相まって、平民と混じっていても区別がつかないくらいに地味な容貌だった。

 それゆえにアランが美しい令嬢と少しでも会話を交わすと嫉妬と不安が爆発してしまう。そして荒唐無稽な嘘を吹聴して周囲を牽制しようとしているのだ。


「アラン殿下ったら、朝食のスープが大好物だからって急いで飲んで、喉に大火傷を負ってしまったのですわ」

「アラン殿下ったら、視察中におなかが空いて、その辺に生えていたきのこを食べてしまって腹痛で倒れたんですの」

「アラン殿下ったら、よそ見をしながらご機嫌に歩いていて、柱にぶつかって失神してしまいましたの」


 最初の方はアランも婚約者の可愛い嫉妬だと鷹揚に構えていた。

 けれど、26回も続くと流石に我慢の限界である。


 噂が流れる度、出会う人がみな、「おや? 今度は頭を打たれただとか?」だとか、「今宵の晩餐会のスープは人肌に冷ましておりますので」だとか、半笑いでアランに言ってくるのだ。

 思春期真っ只中のアランにとって、数多の大人から生暖かい目で見られ、からかわれるのは耐え難いものがあった。


「もういい。二度とこんなことはするなよ」


 しくしく泣くナディアにアランがそう告げると、ナディアは許されたのかと期待した目でちらりとアランを見る。その顔が険しいままなのを知って、しょんぼりと肩を落として部屋を辞した。


 


 今まではナディアが泣けば許していたけれど、もういい加減変な噂を流すのはやめてほしい。けれど、アランが諭そうが叱ろうが効果がない。どうしたものかと悩んで父王に相談した。


「うむ。そうだな……アラン、辺境に魔獣退治に行きなさい」

「魔獣退治?」


 婚約者に噂をやめさせるのと自分が魔獣退治に行くことがさっぱり繋がらず、アランはきょとんと首を傾げた。


「そんな情けない王子はいらん。魔獣退治で鍛えてこい。死んでも構わん——という体でお前を辺境に送る。ナディア嬢は自分の流した噂でお前が危険な目に遭うと思ったら反省するだろう」

「なるほど。ですが、僕に魔獣が倒せるでしょうか……」


 ろくに剣術も練習していない、視察でにこにこしているだけの王子だ。魔獣どころかうさぎも狩れるか怪しい。


「勉強しろ、鍛えろ、と散々言ってきたのにサボり続けたお前が悪い。本当に鍛えてきなさい。辺境伯には話をつけておく」


 王は急に怖い顔になった。お叱りモードだ。アランは了承の返事をして脱兎のごとく逃げ出した。


 


 アランの辺境行きの正式な王命は驚くほどの早さで出た。すぐに出立せよとの命令で、騎士団から数名の護衛を借りて、新品さながらにぴかぴかの剣を携えてアランは旅立つ。魔獣に対する恐怖でテンションは最低だった。


「アラン殿下!!! お供しますわ!!!」


 その声に顔を上げると、アランと同じくらい青い顔をしたナディアがそこにいた。いつものドレス姿ではなく、旅装を身にまとっている。


「私のせいで……ごめんなさい……」

「いや、いいんだ……」


 アランの辺境行きはナディアのせいでもあったけれど、父王の様子からしてここ最近のアランの怠惰に対する罰の面が強そうだったのでアランは何も言えなかった。むしろ、心細いところにナディアが来てくれてホッとしていた。


 

◇


 

「アラン殿下、うさぎが取れたそうですよ。昼食にいただきましょう」

「う、うわぁ!」


 馬車の休憩中、ナディアがアランの目の前にずいっと差し出してきたのはうさぎの死体だった。


「あ……アラン殿下には刺激が強かったかしら……。ごめんなさい」

「な、な、ナディア、君は平気なのか」

「なにがでしょう? 美味しいお肉ですよ。捌いてきますね」


 最小限のお供しかいないので人手が足りない。ナディアは恐縮する騎士たちに笑顔を向け、慣れた手つきでうさぎの皮を剥ぎ、捌いていく。

 その様子をアランは呆然と見ていた。


 

「はい殿下。うさぎのシチューですよ」

「あ……ああ……ありがとう」


 2人で並んでシチューを食べる。うさぎ肉は臭みもなく美味しかった。


「その……ナディアは慣れてるんだな、驚いた」

「……辺境は魔獣もたくさん出ますもの、うさぎくらい女子供も狩りますわ。……野蛮でしょう?」


 ナディアは寂しそうに笑った。その言葉はきっと、王都のお茶会でアランの知らぬところで言われ続けたものなのだろう。


「いや、すごいと思う。……僕はろくに剣も振れないし、勉強だってさっぱりだ」

「殿下ったら、謙遜ばっかり」

「いや、本当なんだ。もうずっと、剣にも本にも触れてなかったんだ」 


 ——僕にあるものは顔だけ。

 アランはそう言ったっきり、黙り込んだ。



 ◇



 この国の王には三人の子がいる。

 一人目は優れた知性と深い洞察力を持ち次期国王として期待を一身に背負っている。

 二人目は卓越した剣術の才を持ち戦場では一騎当千の活躍をしている。

 三人目は————。


 アランには何もなかった。家庭教師の授業は長兄と比較して圧倒的に進みが遅く、剣を習っても次兄のような動きはどれだけ練習してもできなかった。

 そのうちに真面目にやるのが嫌になって投げ出して、民の前でにこにこ微笑むだけになった。


 ナディアが妙な噂を流すのも、本当はそれほどイヤではなかった。

 すぐに嘘だと分かるレベルのものだったし、大人たちが振る話題がそればかりになって、兄と比較されることが少なくなったから。流石に頻度が高すぎて、ちょっとうんざりしつつはあったけれど。



 ◇



 青白い顔でやってきたアランを、辺境伯はにっこりと受け入れた。


「王から話は聞いておりますぞ、アラン殿下。みっちりやっていきましょうな」

 

 筋骨隆々、熊のような辺境伯に肩を叩かれて、アランは震えながら頷く。


「アラン殿下をあんまりいじめないでくださいましね、お父様」

「うむ。優しく教えるから安心なさい。飛竜を倒せるようになったら帰って良いとのことだぞ」

「ひ、飛竜……?」

 

 辺境伯は豪快にガハハと笑った。

 アランは恐怖で目の前が真っ暗になって卒倒した。



◇



 次の日から、本当に特訓が始まった。

 辺境伯家の騎士団の基礎トレーニングにもついていけないアランは、毎日新しく小さな傷を作りながらへろへろになっていた。そんなアランの手当を手ずからするのが、辺境伯領に来てからのナディアの日課になっていた。


「ナディア、僕に幻滅しただろう」


 疲労でぐったりとベッドに腰掛けながら、アランは自分の足に優しく包帯を巻くナディアに問いかける。


「アラン殿下は毎日とっても頑張っていらっしゃいますわ。私の自慢の婚約者さまですの」

「今日は一角兎の反撃すら避けられずに足をひねってしまったのに?」

「角が刺さらなくて本当に良かったですわ。お怪我が治るまで訓練はお休みですから、私とたくさんお話しましょうね。その間、アラン殿下は私だけのもの」


 ナディアはうっとりとアランの頬を撫でた。唯一の自慢だった顔にはあちこち傷が出来ていて、天使からはかけ離れてしまったというのに、ナディアがアランを見る目は変わらない。


「ナディア、愛しているよ」

「ふふふ、嬉しい。あと百回言ってくださいまし」


 それからアランは目の色を変えて特訓に励むようになった。愛しいナディアにもっとかっこいいと思われたかったのだ。


 


 ——そうして三年が過ぎた。


「ナディア! 黒龍が現れたらしい! 行ってくる!」


 アランは漆黒の鎧を身にまとい、黒く輝く剣を携えて意気揚々と駆け出す。その背後でナディアはにこやかに手を振っていた。


「いってらっしゃいまし、アラン殿下! ご武運を!」

「うむ。今回も我が暗黒葬魔剣の錆にしてくれる!」

「きゃー!! かっこいいー!!!」


 今日も辺境の地で二人は仲良く暮らしている。

 

 

お読みいただきありがとうございました!


全く別の作品ですが、長編も連載中です。

デビュタント直前の公爵令嬢に転生した?女子高生と庭師の恋愛物です。

そちらもどうぞよろしくお願いいたします!


ステラリリィに願いを込めて〜転生したら元に戻ってと悲しまれています〜

https://ncode.syosetu.com/n4177mt/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。