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縫い止められた

作者: 茶ヤマ
掲載日:2026/02/11

「この子、飼い猫が死んでから気がくるってしまってね、病院に閉じ込められたりもしてたのよ」


 母は、さもおかしそうに笑いながら、客人にそう私を紹介した。

 客人は、どう答えていいのかわからない、そう言いたげな表情で、曖昧に頷いただけだった。


ーーー


 私の実家は、土地の時間に縫い留められていた。

 舗装の割れ目から草が生え、郵便受けには何日分とも知れぬ広告が差し込まれたまま、誰に急かされるでもなく、ただ「在り続けている」建物であった。


 そういう家の中に母はいた。

 この家の歴史、土地の縁、血縁の序列、それらが絡まり合った結節点として。

 娘である私は、その周縁を回る付属物にすぎない。


 過疎という言葉は、外から貼られた説明にすぎない。

 内部にいる者にとっては、減っていくのは人ではなく、選択肢である。道、仕事、逃げ場、そして沈黙を破る理由。そのすべてが、少しずつ、しかし確実に失われていく。



 ある日、親類とも近所とも判別のつかぬ人物が訪れた。

 茶を出し、天気と作物と誰それの病の話を一巡させた後、母は不意に、私の方を見ずに言った。


「この子、私の末娘なんですけれどもね。精神が細すぎるのよ。

飼い猫が死んでから気がくるってしまってね、病院に閉じ込められたりもしてたのよ」


 母は、さもおかしそうに笑いながら、隣の客人にそう私を紹介した。


 紹介というより、余談のような調子だった。

 それは軽く、冗談めいていて、場の潤滑油としては過不足のない音であった。

 しかし、その言葉は刃となり、私の内側にまで届く。

 それは鋭利な痛みというよりは、冷たい氷水を背筋に流し込まれたような、決定的な「拒絶」の感触だった。


 私は、その場で否定もしなかったし、訂正もしなかった。

 事実かどうかを考える前に、その言葉が、私の外側を一枚剥がしたような感覚があった。皮膚ではなく、もっと薄い何か。それが音もなく、剥がれる。


 猫が死んだのは、もう十数年も前のことだ。その日のことは、よく覚えている。

 体温が抜けていく感触と、自分の呼吸の音だけがやけに鮮明だった。

 そして、確かに私は泣き続け、一時期、外界との交信を断った。


 けれど「くるった」や「閉じ込められた」という事実などどこにもない。

 それは母の頭の中で、私を自分の支配下に繋ぎ止めるために捏造された、便利な物語の一つに過ぎなかった。


 母はそういった説明は一切しなかった。ただ笑い話として消費できる形に整えられていた。

 声の調子、語尾の伸ばし方、「閉じ込められたりもしてた」という、責任の所在を曖昧にする助詞の選び方。そのすべてが、私という人間 を一つの逸話に変換するための、周到な手つきであった。


 私は私自身の言葉で語る権利を失った。母の口を通じて、笑い話として配布された。


 相手の人は、困ったように視線を外し、相槌も短く、早々に話題を変えた。

 母は満足そうだった。場が和んだ、とでも言いたげに。


 けれども、私の内側にあった何かが、音もなく、しかし決定的に剥落した。

 母の背後に広がる、何十年と変わらぬ旧家の重苦しい鴨居や、煤けた仏壇の匂いが、急激に私を絞め殺そうと迫ってくるのを感じた。



 私は理解した。

 この家では、私は生きている者ではない。家を正当化するための材料なのだと。


 この家は、私がいる場所ではない。

 母もまた、私の内側を見ようとはしない。


 その理解は、怒りでも悲しみでもなく、降り積もる雪のごとき静けさと、水に浸された布が沈むような重さを伴っていた。


 そうして、ひとつの判断が静かに降りてきた。


 ここを離れよう。

 母から、そしてこの家から。


 それは、荷物をまとめ、反論の言葉をあげるような大げさな決別ではなく、ただ重力の向きが変わったという感覚に近かった。


 私は、独りになる。

 しかしそれは、誰かに定義され、笑いに変換される独りではない。

 私自身の重さを伴い、選び取ったものである。


ーーー


 母は今も、この家にいる。

 家も、変わらずそこに在るだろう。

 まるで世の中の時間から置いていかれているかのごとく。

 この家が時間を支配しているかのごとくに。


 この家では、人は住むのではなく、属する。

 生まれた者は名簿に書き込まれ、家の履歴の一部として保存される。進学も就職も結婚も、個人の移動ではなく、家の延長線上の出来事として処理される。


 母はよく言った。

「ここはね、逃げ場がないからいいのよ」


 その言葉の主語が誰であるのか、私は長く考えなかった。

 だが今ならわかる。それは土地の話ではない。人間の話だった。


 私が家を離れようとすると、母は理由を尋ねなかった。

 代わりに、過去を持ち出した。祖父の名、曽祖父の話、戦後に家を守った女たちの逸話。

 どれも、ここに留まった者の記録ばかりで、去った者については、まるで最初から存在しなかったかのように語られない。


 家は記憶を選別する。

 残る者を正しく、去る者を無効にする。その選別作業を、母は誠実に遂行していた。


 今も、母は私を呼び戻そうとする。

 季節の便り、誰それが亡くなった話、家の修繕の相談。

 どれも直接的な命令ではない。だが、それらはすべて、「あなたはまだここに属している」という確認作業である。


 私は応じない。

 拒絶もしない。ただ、家の論理に自分を接続しない。

 それだけだ。


 土地は動かない。家も動かない。

 だが私は、そこに縫い止められる必要はない。


 孤独は、相変わらず私のそばにある。

 けれどそれは、奪われたものではない。家と母と土地のすべてから距離を取った結果として、静かに残った空白である。


 私はその空白を、自分の居場所として選び取っている。





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