「私に関わらないで」と冷たく突き放すクラスの氷室さんが、なぜか毎朝俺の下駄箱に『好き』と書かれた手紙と手作りお菓子を入れてくる件について
四月、高校二年の春。クラス替え初日のことだった。
隣の席になった彼女――氷室透子に挨拶をした俺は、開始早々、盛大に心を折られた。
「……佐藤くん。悪いけど、私に話しかけないでくれる?」
透き通るような黒髪に、陶器のように白い肌。学年一の美少女と噂される彼女は、氷のような冷たい瞳で俺を一瞥し、そう言い放ったのだ。
その拒絶のオーラは凄まじく、俺は「あ、はい。すんません」と引き下がるしかなかった。
それ以来、俺たちの間には会話がない。
プリントを回す時も無言。教科書を忘れた彼女に机を見せてあげようとしても「結構です」と一蹴。
クラスメイトたちは彼女を『氷の女王』と呼び、遠巻きに眺めるだけになっていた。
――はずだったのだが。
「……なんだこれ」
ある日の早朝。誰もいない昇降口。
俺は自分の下駄箱を開けて固まっていた。
上履きの上に、可愛らしい猫のラッピングがされた小包が置かれている。中身は……手作りのクッキー?
そして、その下には二つ折りにされたメモ用紙。
恐る恐る開いてみると、そこには少し震えたような筆跡で、こう書かれていた。
『昨日の体育の時間、サッカーでゴール決める佐藤くんかっこよかったです。好きです。よかったら食べてください』
差出人の名前はない。
けれど、俺はその筆跡に見覚えがあった。
授業中、隣の席でノートを取っている彼女の文字と、特徴的な『はね』や『はらい』が完全に一致しているのだ。
(いや、まさかな……)
俺は教室に向かう。
まだ早朝のため、教室には俺と、いつも早く来ている氷室さんの二人だけだ。
彼女は窓際で文庫本を読んでいる。朝日に照らされた横顔は、やはり冷たく美しい。
「……あ、あのさ、氷室さん」
「……」
俺が声をかけると、彼女はビクッと肩を震わせ、ゆっくりとこちらを向いた。その目は「何?」と言いたげに鋭い。
「何? 話しかけないでって言ったはずだけど」
「いや、ごめん。ただ……これ」
俺はポケットから、先ほどの猫のラッピング袋を取り出した。
瞬間。
氷室さんの表情が凍りついた――いや、みるみるうちに真っ赤に染まった。
「あ……」
「これ、氷室さんだよね?」
「ち、ちが……!」
彼女は慌てて立ち上がり、文庫本を取り落とした。
いつもの冷静沈着な様子はどこへやら。目は泳ぎ、手足はパタパタと動いている。
「いや、だってこの文字。先週の現代文のノートと同じだし」
「う、ううう……!」
氷室さんは両手で顔を覆い、その場にへたり込んでしまった。
耳まで真っ赤だ。
「……ば、ばれた」
「うん、ばれた」
「最悪……。一生隠し通して、陰から見守るだけの不審者ムーブかますつもりだったのに……」
「不審者ムーブって自覚あったんだ」
彼女は指の隙間から、潤んだ瞳でこちらを見上げてくる。
「だ、だって……佐藤くん、かっこいいし……。私なんかが話しかけたら、迷惑かと思って……」
「いや、最初に『話しかけるな』って言ったの氷室さんじゃん」
「あれは! 緊張しすぎて! 『好きすぎて直視できないから話しかけないで』って言おうとしたら、テンパって前半が消し飛んだの!」
なんだその致命的な省略は。
俺はずっと嫌われていると思っていたのに。
「……じゃあ、俺のこと嫌いじゃないの?」
「だ、大好きに決まってるでしょ! 一年の入学式の時からずっと見てたんだから!」
逆ギレ気味に告白された。
クラスで一番クールな美少女が、実は一番俺のことを熱烈に想っていたらしい。
そのギャップと、涙目になりながら俺を見上げる表情が、反則的なほど可愛かった。
「……クッキー、ありがとな。食べるよ」
「う、うん……。毒は入ってないから……」
「入ってたら困るよ」
俺が笑うと、彼女も少しだけ、照れくさそうに笑った。その笑顔は、氷が溶けるように柔らかくて。
「あの、佐藤くん」
「ん?」
「……これからは、普通に話しかけてもいい?」
「もちろん。むしろ話しかけて」
こうして、俺と『氷の女王』の秘密の関係が始まった。
彼女が俺にだけ見せる、砂糖菓子のように甘い素顔を知っているのは、世界で俺だけだ。
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