弱魔法令嬢の覚醒 ~雨魔法で干ばつを終わらせ王妃になりました~
人生で初めて書いた漫画の読切原作を小説にしてみました。
* 主要人物
・エリーゼ=リンデンベルク:霧雨の魔法使いから王妃へ。
・レオンハート:マルス王国王太子→国王。
・アルフレッド:公爵家子息の炎術師。
・リンデンベルク男爵夫妻:エリーゼの両親。
・国王:レオンハートの父。
1 婚約の儀と霧雨
「私たちの関係は残酷だ」
高い天井に祈りの声がこだまする大聖堂。司祭が厳かに告げた。
「アルフレッド前へ!」
婚約者アルフレッドが一歩進み出る。決意を宿した横顔。掲げた杖の先に紅の紋が灯り、詠唱が奔る。
「**火炎竜**!」
轟、と炎が竜の形に巻き上がった。観客席がどよめく。
「おお、素晴らしい。これぞ我が国の国防の要」
司祭はさらに告げる。
「次、エリーゼ前へ!」
胸の奥で心臓が跳ねた。手が震える。けれど、逃げない。私は手を掲げ、小さく息を整える。
「**霧雨**」
薄い白がふわりと降り立つ。肌をなでる柔らかな湿り気。
観客たちは首をかしげた。
「これは……霧?」
司祭の声が冷ややかに落ちる。
「エリーゼ、答えよ」
「……あ、雨です」
一瞬の静寂。次いで、空気がわずかに冷えた。
式の後。高い回廊にアルフレッドの声が響く。
「よくも恥をかかせてくれたね?」
彼は私を見下ろし、問いかける。
「本当に君が放てる最高の魔法だったのかい?」
「……はい」
アルフレッドは小さく首を振った。
「残念だ。――我が国は水も豊かで灌漑も整っている。そこで雨の魔法なんて……しかもあのような霧雨が何の役に立つ?」
冷たい宣告が落ちる。
「君と結婚はできない」
世界から色が消えたようだった。
2 嵐の庭で
屋敷の中庭。風よけの屋根の下、私は一人、音のない涙を流していた。
窓の向こうで、両親の影が揺れる。
「婚約の儀の日からずっとあんな調子だね」
「放っておいてやりなさい。私たちにできることはない」
(風が強くなってきた。戻ろう)
そのとき、甲高い嘶きが風を裂いた。
「すまぬ! そこの者!」
馬とともに、旅装の青年が駆けこんできた。黒髪に雨粒。驚いて立ち上がる私に、彼は気まずそうに笑う。
「この嵐で、すっかり馬が怯えてしまってな。嵐が過ぎるまで、ここで休ませてほしい」
「は、はい。構いません」
(この人、誰だろう)
テーブルを挟んで向かい合う。彼の瞳は、炎と違う色をしていた。やわらかく、遠慮がちに光る。
(……優しい目。アルフレッドとは違う)
自分で思って、慌てて首をぶんぶん振る。彼はくすりと笑った。
「君、名前は?」
「え、エリーゼと申します」
「エリーゼは、この邸の娘かい?」
「は、はい」
「なら、何かしら魔法は使えるね。君の魔法は?」
胸がちくりと痛む。
「……雨を降らせる魔法です。霧みたいな、弱い雨ですが」
「珍しいね。初めて聞いたよ」
「私の魔法には、価値がありません」
思わずこぼれた言葉に、青年は目を細める。
「この国は水も豊かで灌漑設備も整ってます。雨の魔法なんて……しかも霧雨程度の雨ですから」
青年は立ち上がり、怯えた馬の鼻面を撫でた。
「僕は乗馬が苦手だった。馬に乗らず生きるつもりだったけど、こいつは僕専用に育てられた馬でね。僕が嫌うわけにいかなかった。だから必死で練習した。結果、こいつはなくてはならない存在になった」
私が見上げると、彼は静かに続ける。
「君は自分の魔法を、もっと愛してあげたらどうだい? その魔法は、君だけのために生まれてきたものだ」
言葉が胸の奥に落ちる音がした。
「それにね、物事の価値なんて時代ごとに変わる。今は戦乱続きで戦闘魔法ばかりが重んじられているけど、それがずっと続くとは限らない」
彼は空を見上げ、いたずらっぽく笑う。
「見せてくれないか、君の魔法」
なぜか、嫌と言えなかった。私はそっと手を上げ、囁く。
「**霧雨**」
差し込む光に、霧が虹を生んだ。青年が目を見開き、嬉しそうに頷く。
「素晴らしい」
「エリーゼ!」
駆け寄る足音。嵐がやむのと入れ違いに、両親が走ってきた。振り返れば、もう彼の姿はない。
(――ありがとう。あなたの言葉、忘れない)
その夜、私は決めた。
「お父様、お母様。私、家を出て、魔法の修行がしたいの」
3 三年後、干ばつ
――三年後。照りつける太陽の下、王宮。
「参りましたな。こうも雨が降らぬとは」
「耕作地の水源である湖も枯渇し、深刻な食糧不足になります」
重臣たちの声が重く響く。王は渋面を崩さない。その背後で、一人の青年が前に出た。
「父上、ご提案があります」
**マルス王国、王太子レオンハート。**
「隣国ガイアとの戦に明け暮れてきましたが、今は一時休戦を宣言し、国内の立て直しを優先すべきです」
王は唸る。
「立て直すとて、人材は戦か政に偏っておる。今の事態に役立つ者は……」
レオンハートは父を真っ直ぐに見た。王は苦笑して手を上げる。
「やめい。その目で睨むな。……よい。そなたがこの度の件を解決したなら、この国を任せよう。妃を迎え、王となれ」
「はっ」
広間がどよめく。「王位継承」「王子が妻を娶る」と囁きが走る。
別室。重臣たちが我先にと頭を下げる。
「どうですか、王子。私の娘など」
「いやいや、アール公爵の娘のほうが――」
レオンハートは手をひらりと振った。
「今はそれどころではない。必要なのは水と食糧だ。これだけ揃って、案も出ないのか?」
沈黙。重臣の一人が別の名を搾り出した。
「そ、そうだ。アルフレッド! 何か人材はおらぬか!」
現れたのは、炎の魔法で名を馳せた青年――アルフレッド。
「はっ」
別の重臣が詰る。
「そもそも、お主が不用意に炎魔法を国境で使ったせいで、森を焼き、北の耕作地を焼いたのだ。今回の食糧難の一端はそこにある」
アルフレッドは唇を噛み、頭を垂れた。
「今、全力で事態を解決できる人材を探しております。今しばしの猶予を――」
その時、伝令が飛び込む。
「報告! 北の湖の水位が上昇しているとのこと!」
「何だと? 雨でも降ったのか?」とレオンハート。
「は、はい。ですが……どうやら、一人の女性が魔法で降らせていると」
レオンハートは即断した。
「水源に向かう。アルフレッド、案内せよ」
・4 湖の再会
枯れた湖底が白く露出する北の湖。高台から見下ろし、誰もが息をのむ。
「……水が戻っている」
兵が指差した先。崖の縁に立つ一人の女性が、杖を高く掲げている。背を照らす陽が輪郭を縁取る。
杖が振り下ろされ、澄んだ声が風に解けた。
「**緩雨**」
たちまち黒雲が集まり、空が光る。ぽつ、ぽつと落ちはじめた滴が、やがて湖面をやさしく打ち始めた。
「おお! そこの者、一体何者だ」
女性が振り向く。三年前の少女の面影を残しながら、瞳は強く澄んでいた。
「アルフ……レッド?」
アルフレッドも目を見開く。
「エリーゼ、なぜお前が――」
「知り合いか?」とレオンハート。
「ええ、昔の婚約者です。あまりにも彼女の魔法が見窄らしく、婚約は無しにしましたが」
(……この声。あのときの人?)
私が戸惑っていると、レオンハートが一歩近づいた。
「一度、会ったことがあるね。あの時は素敵な虹を見せてくれた」
「え? どうして王子様がアルフレッドと……」
アルフレッドが慌てて囁く。
「ば、馬鹿。お前知らないのか。この方は、この国の次期国王、レオンハート王子だぞ」
私は膝を折り、頭を下げた。
「無礼を……存じ上げず」
レオンハートは微笑んだ。
「三年前に見せてもらった魔法とは、ずいぶん違うようだね」
「……あの日、レオンハート様に会ってから、私は考え直しました。私が私の魔法を諦めたら、誰が活かしてくれるのだろうって。だから家を出て師を探し、雨の魔法を練り上げてきたのです」
「この湖も、君が?」
「はい。まだ準備の段階ですが、全力を出せば満たせます」
アルフレッドが吐き捨てる。
「嘘を言うな。この巨大な湖を――」
レオンハートは静かに私を見た。
「見せてくれるか」
「はい」
・5 恵みの雨
空は重く、風は南から湿りを運ぶ。私は杖を掲げ、魔力の糸を雲へ繋ぐ。
「雲が増えてきました。ここから水量を上げます」
喉から熱がこぼれる。声は叫びに変わった。
「**豪雨**!」
雷鳴のような雨脚が、湖へ、谷へ、乾いた大地へ叩きつけられる。
レオンハートが目を見張り、アルフレッドは言葉を失った。
「まだいけます。これが今の私の最大――」
胸の底で三年の修行が唸る。私は名を呼ぶ。
「**恵雨**!」
世界が、降りだした。
ひび割れた畑に水が染みこみ、干上がった井戸に水面が戻る。空を仰ぐ人々の頬に、清らかな滴が伝う。子どもが歓声を上げ、老人が手を合わせる。
広い湖が、ゆっくりと、しかし確かに満ちていく。
(見ていて。これが、私の雨)
やがて、雲は薄らぎ、遠くの山並みに虹が架かった。
・6 叙勲と求婚
王都。謁見の間は人で埋まり、祝福のざわめきが満ちていた。
国王が前に出、私に勲章を掲げる。
「そなたにより国は救われた。感謝の意を示すため、**聖雨勲章**を授ける」
重みを両手で受け止めたとき、三年前の自分が遠くで頷いた気がした。
やがて、一人の青年が私の前に立つ。王太子レオンハート――あの日、嵐の庭で出会った人。
「エリーゼ。君の愛と研鑽に心を打たれた。王妃として、共にこの国を導いてくれないか」
胸が熱くなる。目からこぼれた雫は、もう悲しみの色をしていない。
「……はい」
歓声が爆ぜ、拍手が鳴りやまない。父――リンデンベルク男爵が私の手を取り、母がその隣で笑う。
「娘よ、私の誇りだ」
「ありがとう、お父さん、お母さん」
7 戴冠と誓い
戴冠式と結婚式は同日に行われた。金糸の旗がはためき、鐘が空を洗う。
新国王レオンハートは私の手を取り、誓う。
「エリーゼ、君とともにこの国を支え、永遠に愛し続けることを誓う」
新王妃となった私は答えた。
「私も、レオンハート様とともに、この国のために力を尽くし、永遠に愛し続けます」
私たちは人々に手を振った。顔を上げれば、どこまでも澄んだ雨上がりの空。
・終章
遠くの人だかりの陰で、一人の青年が立ち尽くしていた。アルフレッド――公爵家の子息。
(エリーゼ……君の真価に気づけなかったばかりに、こんな大きな幸せを逃してしまった)
彼は群衆に背を向け、静かに去っていく。
私とレオンハートは並んで歩き出した。
どんな困難が待っていても、もう恐れない。私の魔法を、私自身が信じているから。
「これからも、一緒に」
「そのとおりだ、エリーゼ」
雲は高く、光はあたたかい。
そして国には、今日もどこかで、小さな霧雨が降っている。
――fin――
* 主な魔法
・**火炎竜**:アルフレッドの戦闘魔法。
・**霧雨**:エリーゼの基礎雨魔法。
・**緩雨**:局地的な持続降雨。
・**豪雨**:短時間の集中的降雨。
・**恵雨**:広域に渡る調停・供給型降雨。
漫画版はこちらです
https://www.cmoa.jp/title/269201/