表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

退屈、令嬢は求婚者をもて遊ぶ

作者: REI

「今日の求婚者は?」


「三人です、レイラ様。第一王子殿下、ハインツ侯爵のご子息、そして──」


「もう結構よ。聞かなくても分かるわ」


「……え?」


「“貴女はこの世で最も美しい”って言われて、宝石でも渡されたんでしょう? で、永遠の愛と忠誠を誓うって、口先だけの手紙も添えて」


「……仰るとおりでございます」


「燃やしておいて」


「すべて、ですか?」


「ええ。“退屈”って一筆添えて、ね」


毎日がこれだった。


求婚状は毎朝山のように届き、レイラはそれを片っ端から暖炉にくべる。

燃える手紙の束を眺めながら、彼女は紅茶を啜る。


「……ほんと、つまらないわね」


そう呟いた瞬間、執事が控えめに声をかけた。


「……実は、もう一人、求婚者が来ております」


「また? 今度はどこの坊ちゃん?」


「……名は名乗らず、“ただの一市民”とだけ」


レイラはカップを置いた。


「面白いじゃない。通して」


現れたのは、奇妙なほど地味な青年だった。


洗練された仕立てのスーツではなく、質素なシャツに黒のベスト。

髪は無造作、姿勢も崩れている。

だが、目だけは澄んでいた。


「貴方が……“ただの市民”?」


「ええ。お会いできて光栄です、レイラ様」


「求婚に来たんでしょう? 何も持っていないようだけど?」


「持っていません。“贈り物”では貴女を退屈させるだけだと分かっているので」


「口は達者ね。じゃあ、何を持ってきたの?」


「一週間。僕に、貴女を退屈させない時間をください」


レイラは笑った。


「ふうん。大胆ね。名前も名乗らずにそんな申し出をするなんて」


「名前は……この一週間が終わったら、名乗らせてください」


「面白いじゃない」


【一日目】


朝食の席。彼はただ「おはようございます」とだけ言った。


「……今日は何をしてくれるの?」


「何もしません」


「……は?」


「退屈しても、隣に誰かがいていいと思える時間を作ります」


「随分と傲慢なこと言うのね」


「そのつもりはありません。

でも、刺激のない時間を一緒に過ごせる相手って、特別だと思うんです」


「……まあいいわ。今日は許してあげる」


【二日目】


庭を散歩するレイラの横を、彼は黙って歩いていた。


「ねえ、花の名前くらい知らないの?」


「残念ながら。植物の知識はからっきしです」


「退屈ね。……でも悪くない」


彼が小さな白い花を摘み、彼女に差し出した。


「これは……?」


「何の花かは分かりません。でも、レイラ様に似ていると思ったので」


「……ずいぶん安い口説き文句ね」


「本心です」


レイラは、受け取らなかった。けれど笑っていた。


【三日目】


「これは私の好物よ」


「厨房の方が、そう教えてくれました」


彼は紅茶とともに、ベリーのタルトを出した。


「贈り物じゃないの?」


「ただの朝のお茶です。気が向いたので、少し手間をかけました」


「……フン。なんだか貴方、段々わたしを甘やかすのが上手くなってきたわね」


「甘やかしているつもりはありません。喜んでくれたら、それだけで十分です」


【四日目】


「ねえ、なぜ私に近づいたの?」


「それを聞かれるのは、五日目だと思ってました」


「気が変わったの。教えて?」


彼は少しだけ目を伏せた。


「レイラ様の“退屈”には、他人を突き放す響きがあります。

……でも、それはどこか、自分を守るための言葉にも聞こえたんです」


「……随分と勝手な解釈ね」


「そうですね。でも、間違っていたなら、退屈と言って切り捨ててくれればいい」


レイラは答えなかった。

その代わりに、紅茶をもう一杯注いだ。


【六日目】


「明日で終わりね」


「ええ。明日、名前を名乗って、去ります」


「……どうして去る必要があるの?」


「レイラ様は退屈を嫌う。僕がいることでそれを感じたら、台無しですから」


「ふうん……ずいぶん優等生な言い方」


「貴女を“所有”しようとする気はないんです。

ただ、そばにいた日々を、大切にしたいだけで」


レイラは少しだけ、黙った。


「明日、ちゃんと来なさいよ」


【七日目】


彼は現れなかった。


待っても、探しても、彼の姿はどこにもなかった。


レイラのもとには一通の手紙だけが届いていた。


──“あなたが誰かと心から退屈を共有できる日が来ますように”


「……逃げたわね」


手紙を暖炉にくべながら、レイラは笑った。


「せっかく、“名前を名乗る権利”をあげるつもりだったのに」


カップを取り、静かに紅茶を飲む。


その目の奥に浮かんだのは、

少しだけ残った未練と、ほんの少しの期待だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
面白そうなタイトルで見てみました。 試し書きなのかな?広がりもありそうな感じなので連載したら楽しみです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ