瞳の色
リゼナは始業開始五分前にも限らず、王宮の廊下を爆走した。
向かうのは騎士団が使用している棟で、五番部隊長室だ。
制服のスカートが乱れるのも、すれ違う騎士団の隊員から気の毒な視線を向けられても構わず走った。
病み上がりの身体にはかなりキツイがそんなこともお構いなしにとにかく走った。
ドンドンドンと扉を荒くノックして鍵が掛かっていないことを確認して扉を開けた。
「これはどういうことですか!?」
「どうしたんだい? そんなに慌てて」
机で書類を広げて仕事をしていたらしいリムが顔を上げた。
室内にはケイトもおり、ケイトは罪悪感たっぷりの眼差しを向けて来る。
これはリムの蛮行を止められなかった上に、それを手伝ったことに対する罪悪感だろう。
「どうしたんだい? じゃないです! 何ですか、これ⁉」
リゼナは例の新聞をリムの目の前に広げて、問題の場所を差す。
「新聞がどうかした?」
「どうかしてます! 新聞じゃなくてあなたが‼」
リゼナの言葉にリムはしれっとした態度を崩さない。
「何でこんな風に記事になってるんですか⁉ ここに書かれていることほぼ嘘じゃないですか!」
新聞にはリゼナとリムの出会いが九割強で美化した状態で記事になり、二人が出会いをきっかけに関係を育んできたという身に覚えのないエピソード満載。
そしてそのエピソードの中にはリゼナが世間を騒がせた事件を解決に導いた立役者で犯人一味にも慈悲を与える女神のようだと誇張しまくりで書かれていた。
そして近いうちにリムがリゼナに秘めた想いを打ち明けるとも。
嘘偽りしかない記事を書く新聞社もどうかしているが、新聞社がリムに断りなくこんな記事を書くはずがない。
ということは元凶はこの男以外いないのだ。
「どういうつもりって、ここに書いてある通りだよ」
リムが立ち上がったと同時に『自分はこれで失礼します』と逃げるようにケイトが部屋を出て行く。
「ここに書いてある通りって、どういうことですか?」
「分からないの? 君は賢いと思ってたけど」
クスっと意地悪な笑みを浮かべてリムは言う。
リムはそのままリゼナの前まで歩み寄り、リゼナを抱き締めた。
爽やかで少しだけ甘いリムの匂いと温もりがリゼナを包み込み、心臓がバクバクと音を立てる。
突然の抱擁にリゼナは言葉を失い、リムの腕の中で硬直した。
「貴族の結婚は案外面倒なんだ。僕は気にしないけど、君は気になるんでしょ? だから君には女神になってもらったんだ。世間を騒がせた大事件の立役者で国王陛下からも褒賞を賜った女性なら僕と釣り合いが取れる。良かったね、僕が下位貴族で。上級貴族ならこの手は使えない」
恩着せがましくリムは言う。
「僕がこれだけ大々的に公表すれば、君に言い寄る男もいなくなる。その眼鏡、外したかったら外すといい」
独占欲の滲む台詞にリゼナは戸惑う。
リムはリゼナがかけていた眼鏡を外した。
そしてまじまじと瞳を覗き込んで口元に確信的な笑みを浮かべる。
「もう目は完全に治ったみたいだね。発熱は点眼薬の副作用だったんじゃない?」
「副作用……あぁ! そう言えば……!」
リゼナは毎日眼科から処方された点眼薬を使っていた。
説明書にも副作用に発熱があった。
「うん、綺麗だね。僕と一緒の色だ」
リムは嬉しそうに微笑む。
その言葉の意味が分からなくてリゼナは首を傾げる。
「どういうことですか?」
「鏡見てないの? ほら」
リムは机の引き出しからしばらく使用された痕跡がない手鏡を取り出し、リゼナに渡す。
眼鏡を外した状態で鏡を見るのは久しぶりで、鏡に映った自分の姿に絶句する。




