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キスしないの……?


「…………分かりました。良いですよ、キス。しても」


 こんな熱烈に求められれば心が傾くのも仕方ないと諦めがついた。

 

「でも! それ以上はダメですから! 本当に! キスだけならですよ!」


 こんな凄艶に迫られればうっかり流されてしまいかねない。

 リゼナはすぐさま自己防衛のために大事な一線を強化する。


「良いよ。そんなに心配なら誓約でもする?」


 苦笑しながらリムは言う。


「では私に精神的、肉体的に苦痛を与えた場合に限り罰を受けてもらう誓約はどうですか?」


「良いよ」


 リムは意外なほどあっさり同意した。


 そこまですればリゼナも安心だ。

 無理強いされることもない。

 

 すぐに口頭誓約を行い、その証としてリムの胸に誓約印が刻まれる。

 赤い小さな花はリムが精神的、肉体的に苦痛を与えた場合にのみ、その痛みがそのままリムの心臓へと返る魔法が掛かっている。


 リムの白い肌に艶めかしく浮き上がった赤い花を確認して、リゼナはリムのシャツのボタンを留めた。


「そのまま脱がしてくれても良いけど?」

「遠慮します」

 

 冗談だか本気だか分からないリムの発言にリゼナは即答する。

 ボダンを上まで留め終えたところで身体が傾いた。

 背中に回っていたリムの腕に力が籠り、より近くへと引き寄せられる。

 

 いよいよかと覚悟を決めて、固く目を瞑る。

 

「そんなに硬くならないでいいよ」

 

 優しい声音にリゼナは恐る恐る瞼を持ち上げた。

 びっくりするくらい近くにリムの整った顔があった。

 今にも唇が触れそうなすれすれの距離で留まっている。


 リムの手がリゼナの頬を包み込むように添えられ、親指が唇をなぞる。

 その仕草が官能的でリゼナは眩暈した。


「ねぇ、リゼナ」


 ようやくかとリゼナはもう一度、目を瞑る。

 しかし、唇には何も起きない。

 その変わりに前髪を押し上げるように大きな手の平が額に触れた。


「君、熱あるんじゃない。かなり熱いけど」

「………………へ?」


 リゼナは目を開けると、困った顔をしたリムがいた。


「そういえばさっきから頭痛が……身体も怠いし……」

「どうして先に言わないのさ」


 リムは上着を脱ぐとリゼナの肩に掛け、身体を自分に寄りかからせた。


「全部あなたがおかしなことを言うせいだと思ってました」

「口は回るみたいで安心したよ」 


 リムは苦笑してリゼナの身体を抱き直す。

 リムの匂いは何故かとても落ち着く。

 リムの匂いに包まれながらぼんやりとした頭の中に疑問が浮かぶ。


「…………しないんですか? キス」

 

 それが本題だったはずで、誓約まで交わしたのにリムはもうキスをしてきそうな気配はない。

 不満げな言い方になってしまったのは気のせいだ。


「して欲しい?」


 悪戯っぽくリムは言う。

 ゆったりと傾げた首筋が色っぽくて余計にクラクラした。


「………………別に」


 リゼナはリムから視線を逸らし、逞しい身体に遠慮なく寄りかかる。


 だったら今までの時間は何だったんだと言いたい。

 誓約まで交わし、乙女に一大決心させておいて放置とは何事か。

 

 リゼナの中で不満が膨らんでいく。

 そんなリゼナの様子を面白がるようにリムは見つめていた。


「熱で頭が回っていないみたいだから教えてあげる。君は僕にとって都合の良い誓約を交わしたんだ。無防備過ぎて危ないから、今後個人的な誓約は禁止ね。特に男」


「都合…………?」


 リムの言う通り、頭がはっきりしない。

 思考しようとしてもぼんやりして考えがまとまらない。

 

 だけど、リムの都合に合わせた誓約ではなかったはずだ。


「誓約期間も内容も曖昧な、僕に有利過ぎる誓約だよ。僕は君に精神的、肉体的苦痛を与えなければ君に何でもできる。しかも誓約期間を設けてない」


 リムの言葉にはっとする。

 

 そうだ……普段は必ず設ける誓約期間を入れ忘れた。

 だけど、精神的、肉体的苦痛を与えなければ何でもできるというのはどういうことなのだろうか。


「僕は君が相手なら精神的にも肉体的にも苦痛を与えることなくキスから最後まで済ませる自信がある。こんな大雑把な内容にしないで行為に制限をつけるべきだったね」


 その言葉にリゼナはドキリとする。

 それはキス以上のこともリゼナが嫌がらない範囲で可能だということだ。

 しかもリムはそれが可能だと不敵な表情を浮かべる。


 自分が犯した過ちにリゼナは驚く。

 それも、普段であれば見落とさないのに。


 熱に浮かされた状態では思考力が極限まで鈍る。

  

「まぁ、これだけ熱が高ければ仕方ないけど。相手が僕であることに感謝しなよ」


 一番マズイ相手と誓約を結んでしまった気がしてならないが、反論する元気はない。

 

 リムは再びリゼナの額に手を当てて熱を確かめた。

 その手が優しくて、少しだけ冷たいので心地よくなってしまう。


「もうじき邸につくから」

「帰ります」


 リゼナは力のない声で言った。


「お忘れかもしれませんが、あなたは独身貴族です。婚約者でもない女性を家に置くのは外聞が悪いでしょう」

「僕は気にしないよ」

「私が気にするんです」


 リゼナがそう言うとリムは優しくリゼナの髪を撫でた。

 リムの手が心地よくてうとうとしてくる。



「それに関しては―――するから、安心しなよ。少し時間が掛かるから、その間に体調を整えるといい」


 瞼が次第に重くなり、リムの声が遠くなる。

 肝心なところが聞き取れなかった。


「どうして……キスしないの?」


 リゼナは最後の力を振り絞ってリムに問う。

 ほとんど無意識で口から零れた問いにリムは困り顔になる。


「言ったでしょ。最初から最後まで済ませる自信があるって。キスしたら最後、僕の気が済むまで止められないと思うからね」


 何だか切なげな声でリムは言う。

 そんな彼もやはり色っぽくて、リゼナは彼と自分の熱の両方に浮かされる。


「そういうのは体調が整ってから。ね?」


 まるで子供を宥めるようにリムはリゼナに言い聞かせる。

 リゼナは無意識に頷き、心地良い温もりに包まれながら意識を手放した。


 

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