喪失感
「ねぇ、さっきから様子が変じゃない?」
リムは向かいに座るケイトに訊ねた。
外はもう暗く、空には星が散りばめられている。
二人は仕事を終え、馬車でリムの邸に向かう最中である。
リムを邸で降ろし、ケイトはその馬車で自宅へと帰る。
リゼナがリムと行動を共にするようになる以前はケイトがこうして送迎をしていた。
馬車の中で報告や予定の確認を行い、時間を効率的に使うためだ。
最近はリゼナと共に帰路についていたので、ケイトは遠慮していたらしい。
「そ、そう……でしょうか?」
ぎこちない返事に何かあったのだとリムは確信する。
ケイトとの付き合いは長いが、元々が素直で優しい性格なので嘘や誤魔化しが苦手だ。
自分に対しては特に。
それはケイトの自分への忠誠心からだと思っているし、自分がこんな感じなのでケイトぐらい優しい人間がいないと部隊のバランスが取れない。
今、問題なのは普段は決して自分に嘘や誤魔化しをしないケイトが何かを隠していることだ。
「もしかしてリゼナのこと?」
ギクッとケイトの肩が分かりやすく揺れた。
どうやらリゼナのことで隠していることがあるらしい。
肝心なことを聞き出せないうちに馬車が停まり、リムの邸に到着する。
ここまで来てしまったらもう隠せないと思ったのだろう。
ケイトは意を決した面持ちで口を開く。
「リゼナさんは社員寮へ戻られました」
「お帰りなさいませ、旦那様」
ケイトが言葉を発するのと、開いた馬車の扉から顔色の優れない執事が出迎えの言葉を発するのは同時だった。
重なった声からケイトの言葉をしっかりと聞き取ったリムは動きを止める。
「………………そう」
リムは短く言うと『じゃあ、お疲れ』と告げて馬車を降りた。
扉が閉まり、馬車がゆっくりと動き出し、ケイトの自宅へと向かって走り出す。
馬車を適当に見送り、リムは執事に訊ねた。
「彼女の荷物は?」
「元々こちらでご用意したものがほとんどでしたので、鞄一つでお帰りになりました」
瞼を伏せ、執事は言う。
確かに、彼女は出会った日の夜に真っすぐここへ連れてきた。
彼女は鞄一つでこの邸へ来て、生活していたのだから荷物は少なくて当然だ。
身軽で来て、身軽で帰ったのだ。
もう事件は解決したのだし、リゼナは護衛と監視のために自分と生活していたのだから、事件が無事に解決した今、彼女との生活は終わったのである。
邸に入ると足は自然とリゼナが使っていた客室に向いた。
扉から部屋全体を見渡すと、まだ片付いていない客室にリゼナがいた痕跡が残っている。
『この人を傷つけたこと! 私、絶対に許さないから!!』
『ヴァイオレット隊長、逃げて下さい』
この部屋で窮地に陥った時の出来事が蘇る。
剣も握れない華奢な身体でこの僕を守ろうとする愚かな女。
怖くて震えているくせに自分を守ろうとする彼女の無謀さに驚いた。
その無謀な勇気はどこから湧いて出て来るのだろうと呆れたのをはっきり覚えている。
『私はもう、あなたが怖いだけの人ではないと知っています』
『ありがとうございます。ここにいてくれて。私と出会ってくれて』
物心ついてからはこの力とこの金色の瞳のせいで、恐れられるばかりだった。
決して自分は優しくはない。血生臭いことも平気で出来る。
怖がられて当然、恐れられて当然、周りからの評価も自然とそれに準ずる。
そんな中、彼女の言葉は意外だった。
自分の中にも確かにあった優しい感情を少しだけ取り戻せた気がする。
彼女と過ごす時間は愉快だった。
久しぶりに沢山笑い、楽しい気持ちになった。
しかし、それらがもう終わったのだと思うと、胸の中の何かが抜け落ちたような喪失感を覚える。
この喪失感はどうやったら埋められるのだろうか。
その方法は何となく分かっている。
「……馬車を用意して」
リムは後ろを歩く執事に言う。
「承知しました」
執事は短く返事を寄越し、速やかに動く。
馬車を手配し、行先を確認、夕食と入浴時間の変更を指示し、外出するリムを見送る。
「行ってくるよ」
「お気を付けて」
ピンっと背を伸ばして一礼して主人であるリムを送り出した。
一時間後、主人が人攫いになるとも知らずに。




