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噛み痕の意味

 リゼナはベッドに倒れ込み、脱力する。

 リムの邸の客室ではなく、社員寮にある自室のベッドだ。


 やはり自分の部屋は落ち着く。

 十日ぶりの自室にリゼナは心底安堵し、蓄積した疲労が噴出した。

 身体が鉛のように重くなり、動かすことが億劫になる。


 ようやく事件が解決し、解放されたリゼナは社員寮に帰って来た。

 寮母さんやリゼナの同期達は久しぶりに帰って来たリゼナを心配してくれたが、理由を聞いてくる者はいなかった。


 できれば聞いて欲しかった。

 堪りに溜まった鬱憤を誰かに話すことで発散したかったのに。


 リムと行動を共にしていたことは既に知れている。

 どうしてリムと一緒にいるのか、どういう関係なのか、邪推する者も多いが、面と向かって聞いて欲しい。


 出会ってから今に至る経緯まで包み隠さずお話しよう。

 何せ隠すことなどない、仕事上致し方なく一緒にいただけの関係だ。


 しかし、相手がリム・ヴァイオレットであることが彼ら彼女らの好奇心を抑制しているようで、誰も『彼とはどんな関係なの?』と尋ねてくれないのだ。


 思惑が外れて話し相手がいない状況にリゼナはがっくりと肩を落とす。


 自分からベラベラと話すことではないし……。


 自分から話すと、巷の事件解決の立役者であると吹聴することになる気がして嫌だった。


「この十日間の大変さを分かってくれる人は……」


 ふと脳裏に浮かんだのはリムの姿だ。

 それもリゼナの指を噛んで形の良い唇から赤い舌を覗かせる凄艶な姿である。


 思い出しただけで噛まれた場所がビリビリと熱を持ち、顔に熱が集まる。

 くっきりと残った歯の痕は時間が経った今も消えていない。


 早く消えて欲しい気もするが、ずっとこのまま残っていて欲しい気もしている自分がいることに戸惑いを覚えた。


「何考えてるのよ、私ったら……」


 ブンブンと頭を振り、冷静さを取り戻そうとするが、リムと過ごした時間が次々の蘇ってくる。


 最初は憧れの人だった。

 まさかの人が国随一の魔法使いで危険人物、リム・ヴァイオレットだとは知らずに憧れた。


 発言は物騒だし、実際に物騒だし、謎に権力持ってて市民に平伏させるし、本当に訳が分からず色んな意味で怖かった。


 だけど、辛い過去を経験し、その経験から自分のような子供がいなくなるように、魔女狩りが二度と起こらないようにと願う姿は彼が優しい人であることを示していた。


 誰もが嫌がるリゼナの本の話もたくさん聞いてくれたし、危険な状況で身を挺して守ってくれたり、誘拐された時はちゃんと助けに来てくれた。


 ルイに対しても優しかった。

 子供の夢や希望を壊すことなく、健やかな成長を願い、それを促した。


 きっとリゼナが知らない血生臭いこともリムは行っているのだろう。

 綺麗ごとだけでは成せないことがあるのもリゼナは知っている。


 それらを含めて、リゼナはリムを尊敬する。


 魔術師達を抑制し、人間達を牽制するのはこの国最強の称号を持つリムにしかできないことだ。


 彼は一途に国を想い、戦っている。


 ただ怖いだけの人じゃない。

 本当は優しく、思慮深い人なのだ。


 だけど、やっぱり許せないこともある。


 国王陛下や団長がいる前で人を噛まれるのが好きな変態呼ばわりだ。

 

 信じられない。


 文句を言いたくても、もう終わったのだ。

 もう口を利くこともないだろう。


 住む世界が違う人だ。

 

「あんなにも綺麗な人とお近づきになれただけラッキーだったかも」


 急にしんみりした気分になり、リゼナは気持ちが沈んでいく。

 やっとリムに振り回される生活から解放されたのに、寂しさの方が上回るのは何故なのか。


 帰ってきたら読もうと思っていた本に手を伸ばすも、大好きな活字を追いかけることができずに、すぐ本を閉じた。


「疲れてるのね……まぁ、当然だけど」


 リゼナはだらりと寝がえりを打つ。

 視線の先にリムの噛み痕が見え、リゼナはそれをまじまじと見つめた。


 くっきりと残ったこの場所にリムの唇も触れたのだと思うと、一度は鎮まった熱がぶり返して来る。


「特に意味なんてないのよ、彼も。私も」


 彼の行動に深い意味はない。

 それは私も一緒よ。意味なんてないわ。


 リゼナは自身に言い聞かせながら、寂しさを紛らわすように熱っぽくなった噛み痕に口付けた。

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