噛み痕
歯を立てられたのだと気付いたのはリムが手を放した後だ。
くっきりと指に残った歯の痕が、生々しくリムが触れた事実を物語っている。
「君、こういうのが好きなんでしょ?」
リムのとんでもない発言にジオルドとビアノはぎょっとし、アルノーアはゴッホゴッホと大きく咳き込む。
「ちょっと! 誤解を生むような発言は止めて下さい! 私がとんでもない性癖を持ってるみたいじゃないですか‼」
確かに、酔った勢いでリムにお気に入りの小説に出て来る場面で、ヒロインがヒーローに手の甲を噛まれる場面がドキドキすると話した。
お気に入りの場面だとも言った。
だけどそれは小説の中の話であって、現実には求めていない。
リゼナはちらりとみんなの顔を見ると、みんなが揃いも揃って物凄い勢いで視線を逸らした。
周りがドン引きしている。
「本当に誤解ですから!」
リゼナは主張するが、誰も目を合わせてはくれない。
目を合わせてくれるのは悪戯っぽい笑みを浮かべるリムだけだ。
「君が好きだっていうから要望に応えたのに」
「本当にもう黙ってて下さい! 」
リムの余計な一言に皆の誤解が深まっていく。
「よし、解散だ。解散。アッシュフォードには後ほど通達があるのでそのつもりで」
ジオルドが早口に解散を指示し、部屋を出た後もリゼナは涙くみながらリムに抗議を続けるが、素知らぬ顔で躱される。
「一体……どうされましたか?」
部屋の外で待機していたケイトは何事かと首を傾げている。
「ケイト、彼女を送ってあげて」
「話は終わってません!」
リゼナをケイトに押し付けて消えようとするリムにリゼナは言う。
「僕は後処理があるからね。先に帰って休むといい。もう襲ってくる小人はいないしね」
「あ……そうか……もう終わったんですよね」
リムの言葉にリゼナははっとする。
そうだ、もう終わったのだ。
リムに振り回される生活も……もう終わりだ。
「じゃあ、しっかり休みなよ」
リムはリゼナに告げると広い廊下に消えてしまった。
「そっか……もう終わり……」
終わりだ! 終わったのよ! この生活とはお別れ!
リゼナは心の中で歓喜し、踊り出したい気持ちをぐっと堪えて拳を強く握り締めた。
長かった……日数にしてたったの十日。
だけどもう何か月も経つ気がするのはそれだけストレスが溜まっているからだろう。
やっと本にまみれた生活に戻れる。
そう思えば、リムのさきほどの発言は許せないものの、こちらが大人になってあげなくはないと思えた。




