封印
リゼナはリムと共に急ぎ王宮へと戻った。
国王陛下とアルノーア、リム、の立ち合いの元で封印の魔女ビアノによって『白雪の赤い心臓』は封印された。
「リゼナ・アッシュフォード。今回はよくやってくれた。心から礼を言う」
「国のため、尽力できたことを嬉しく思います」
若き国王、ジオルドを前にリゼナは緊張気味に顔を伏せた状態で言った。
「顔を上げてくれ。公の場ではないのだから」
ジオルドの優し気な声にリゼナは戸惑う。
国王陛下の御前で、平民の自分が顔を上げるのは躊躇われた。
「アッシュフォード、陛下もこう言っておられる。顔を上げるといい」
「そうだよ。そこまで硬くなる必要ないよ」
アルノーアとリムがリゼナに顔を上げるように促す。
「お前はもう少しアッシュフォードを見習うがよい」
ジオルドがリムに呆れた視線を向けながら言う。
どうも、国王ですらリムは手に余る存在らしい。
「陛下、そろそろ始めさせて頂きますわ」
「頼む」
ビアノがジオルドに断りを入れるとジオルドは短く答える。
『これより封印の魔女、ビアノ・エイが封印の儀を執り行います』
魔法発動を宣言したビアノを中心に床に魔法陣が現れる。
魔法陣から光る鎖が天井に向かって伸び、その鎖が本に巻き付いた。
二重、三重、四重と幾重にも重なりながら本へ巻き付く、本の中へと吸い込まれるように消えていく。
「これが封印の魔女による封印の儀式か……」
感嘆の声を零すのはアルノーアだ。
ジオルドもリゼナも同じように、その光景を見入っている。
ただ一人、リムだけは無表情だった。
光の鎖が全て本に飲み込まれると魔法陣も静かに消失する。
「終わりましたわ」
ビアノは額に薄っすらと浮かんだ汗を拭い、言った。
残されたのは最初と全く変わらない本だ。
見た目では分からないが、かなり強固な封印を施したらしい。
「私の死後二百年くらいまでなら保てるかと思います」
ビアノの自信に満ちた言葉にジオルドは深く頷き、満足そうな表情を浮かべる。
「記録して保管し、次代の者達に引き継ぐとする」
そして『悪しき魔女の書架』に収められた。
『悪しき魔女の書架』とは国に害を成す書籍を生みだした魔女達が書いた本が収められた本棚である。
詩編の魔女はベアトリーチェだけではない。
長い歴史の中では数多くの詩編の魔女がおり、その中には魔力の込められた本を使い、悪事を働いた者もいる。
詩編の魔女だけでなく、見た者、聞いた者に悪い影響を与える物を作り出した詩歌の魔女や絵画の魔女の作品も収められている。
書架といいながら、楽譜や小さな壁掛けの絵がこちらを向いて飾られていた。
ベアトリーチェが生み出した『悪しき魔女の本』はこの一冊だけだ。
他にも似たようなジャンルの本を何冊も書いているが、魔力が宿ったものは『白雪の赤い心臓』だけだ。
「ベアトリーチェは誰かに止めて欲しかったのかもしれないですね」
リゼナは隣に立つリムに呟くように言った。
だから本の最後に数ページ分の余白を作ったのだ。
自分の中で膨らんだ憎悪、幼いリムを守りながらの生活は、彼女にとって辛く、厳しく、苦しいものだったに違いない。
魔女狩りさえなければ、今頃は家族そろって幸せに暮らせていたのに、と自分から幸せを奪った国を許せず、憎しみを募らせていた。
彼女は既に一度、大切な人を殺されている。
子供時代の悲惨な出来事を物語として綴り、年老いてからの強い憎悪を吹き込んだ。
そして自身の負の塊のような本をこの世に生み出してしまった。
しかし、この本を世に残して良いのだろうかと迷いもあったのではないだろうか。
その葛藤が最後の白紙のページだ。
誰かが復讐の物語を終わらせてくれることを願っていたのだと思う。




