白紙の意味
「最後ぐらい幸せになってもいいと思うんです」
この本はベアトリーチェ自身の話なのだ。
つまりは彼女の物語だ。
リゼナはペンを走らせる。
零れ落ちそうになる涙を堪えながら、ひたすらに自分の願いを綴る。
リムの視線がリゼナの手元に注がれるのを感じながら、無言で手を動かした。
白紙だった場所が黒い文字で埋め尽くされ、何度かページを捲り、余白ギリギリまで書き埋めた。
どうか……もう苦しまないで、悲しまないで。
リゼナは徐に顔を上げるとそこには以前、読み聞かせをした時に現れた少女が立っていた。
色白で白髪の痩せた少女だ。
リゼナにこの『白雪の赤い心臓』を読ませようとした少女である。
「あなたがこの本の核だったのね、白雪……いえ、ベアトリーチェ」
リゼナの言葉にリムは目を見開き、少女を凝視する。
「もう大丈夫よ、ベアトリーチェ。あなたの復讐の物語は私が終わらせたわ」
少女、ベアトリーチェは無言でリゼナを見つめている。
「これは幸も不幸も乗り越え、一人の女性が大切なものを守り抜く物語。あなたは辛い過去や酷い現実を乗り越え、大切なものを守り抜いた。彼がその証明よ」
リゼナはリムの背中を押す。
すると小さなベアトリーチェは徐にリムへ歩み寄る。
リムは地面に膝をつき、ベアトリーチェと目線を同じ高さに合わせた。
ベアトリーチェの痩せ細った手がリムの頬に触れる。
そしてベアトリーチェの瞳から大粒の涙が零れる。
『ごめんなさい、リム。ごめんなさい』
消え入りそうな声でベアトリーチェはリムに謝罪をする。
それはリムに強いた過去の懺悔だ。
幼くして両親を失ったリムにベアトリーチェが行ったことは褒められたことではない。
だけど、それはリムを復讐の道具にしたかったからではないとリゼナは知っている。
もちろん、リムもだ。
「いいよ、知ってるから」
リムはいつもと変わらない声音で言う。
「僕を守ってくれてありがとう。おばあちゃん」
さっきとは違い、柔らかい表情と声音がリムは言った。
春風に溶けてしまいそうな静かな声なのに、はっきりとリゼナの耳にも届く。
リムの言葉にベアトリーチェは大粒の涙を散らし、白くて淡い光になる。
その光はリゼナの持っていた本に集まり、消えていった。
本の最後は復讐を成し遂げることができず、一人孤独になった白雪が憎悪の沼に沈んでいく仄暗い場面で終わる。
リゼナは白紙のページにその続きを書いた。
その後の彼女の人生をほとんどそのまま。
これは復讐の物語ではなく、一人の強い女性が度重なる苦難を乗り越えて、大切なものを守る物語となった。
大切なものは見えない絆だ。
ベアトリーチェと継母の親子の愛、孤独となったベアトリーチェを見捨てなかった夫との愛、夫との間に生まれた娘への愛、そしてその娘が生んだ孫への愛だ。
愛とは絆だ。
時にそれは見えにくくなる。
けれども、確かにそこにあるのだ。




