孤児院へ
翌日、いつもの時間に業務を終えたリゼナはリムと共に馬車に乗り込んだ。
リムから聞かされていた目的地はリゼナがよく知る場所だった。
「孤児院……ここが、ヴァイオレット隊長の心当たりのある場所ですか?」
慣れ親しんだ建物の門を前にリゼナは言う。
「この場所はベアトリーチェが住んでいた邸があった場所なんだよ」
「えぇ⁉」
その言葉にリゼナは驚きを隠せない。
「継母が死に、一度はこの場所を離れたらしい。だけど、夫となった人物とこの場所に戻って来た。そしてこの場所を身寄りのない子供を育てる施設にしたらしい」
「それが……この孤児院…………」
「運営自体は今の院長の親族に任せたらしいけどね。始めたのは彼女だ。血が繋がらなくても家族になれる。そう言ってたらしいよ。ねぇ、院長?」
リムの視線の先を向くとそこにいたのは穏やかな表情を浮かべる院長先生がいた。
「まさか、リム君とリゼナが知り合いだなんて思わなかったわ」
リム……君っ⁉
リムを君付けで呼ぶなんて……二人はどんな関係なの⁉
「院長……君付けで呼ぶのは止めてって言ったでしょ」
『寄付金打ち切るよ』とリムは院長先生を睨む。
そんなリムを『まぁ、それは困るわねぇ』ふふっと院長先生は微笑む。
顔に刻まれた柔らかいしわが院長先生の優しい性格を顕わにしている。
「えぇ、ベティはいつも『血が繋がらなくても絆は作れる、家族になれる。自分がそうだったから』といつも言っていたわね」
「院長先生はベアトリーチェを知っているのですか?」
「えぇ。彼女は私の親友でしたから」
だから孫であるリムのことも知っているのね。
リゼナは納得する。
リム君……リム君……。
似合わない。年配女性に可愛がられるリム・ヴァイオレット……。
ちょっと可愛いかもしれない。
リゼナはちらりとリムに視線を向けると、リゼナの思考を察したリムがこちらを睨んでいた。
「院長先生は彼女の昔のこともご存じですか?」
院長先生は悲しそうな表情で頷く。
「継母様を亡くしたあの子は酷い荒れようだった。見ているのが本当に辛かったわ。いなくなった時、もう会えないと思ったの」
だけど、優しそうな男性と可愛い赤ちゃんを連れて帰って来たと院長先生は言う。
「それから孤児院を始めるって言ったのよ。びっくりしちゃったけど、私の父がベティのお父様に御恩があってね。協力して運営することにしたのよ」
そう言って院長先生は昔を懐かしむ。
「魔女狩りで娘さん夫婦を亡くして、しばらくはリム君とこの地下室に籠ってくらしていたわ。あの時のベティは必死だった。あなたを何とか魔女狩りから守ろうと。親のいないあなたをどうにか生かそうと必死で……私達のことも信用せず、あなたをとどこかへ消えてしまった」
その発言にもリゼナは驚いた。
まさか、リムがこの孤児院の地下室で暮らしていたことがあるなんて……。
今、思えば、リゼナがグレイに地下室に閉じ込められ、秘密の出入り口から助けにきてくれたのはリムが地下室の構造を知っていたからかもしれない。
そして、やっぱり彼女はリムを守ろうとしたのだと分かり、リゼナはほっとする。
きっと大事な人が亡くなり、余裕がなかったのだ。
目の前にある幼い命を自分が、自分が何とか守らなければならないと必死だった。
誰も信じられないほど、視野が狭まり、思考が狭まり、それが結果的にリムの心に傷を付けた。
やり方は良くなかったと思う。
けれども、リゼナは孫を守ろうとした祖母を憎みきれない。
彼女が必死にならなければ、リムは今この世にいないかもしれないのだから。
「私……何もできなかったわ……親友だったのに」
院長先生は目に涙を滲ませる。
まるで懺悔のように、ぽつりと零す。
「頼まれなかったんだから、良いんじゃない?」
悔しさを滲ませる院長先生にリムは首を傾げながら言う。
何でそんなに思い詰めているのかと言いたげなリムにリゼナは空気の読めないリムの脇を小突きたくなる。
「巻き込みたくなかっただけでしょ。親友だから」
さらっと当然の如くその言葉を口にする。
「魔女を庇い立てしても容赦なく処刑台に送られた時代だからね。子供を多く抱えた孤児院の関係者がそんなことになったら子供達も危ない。だからだよ」
リムの言葉に院長先生はボロボロと涙を零し、嗚咽を漏らす。
既に孤児院として成り立っていたこの場所には多くの身寄りのない子供達がいた。
下手に頼って子供達に何かあっては困るとベアトリーチェは考えたのだろう。
だから、折を見てリムと共に姿を消したのだ。
「それに、彼女の意志を継いでこの孤児院を守ってくれてるのはあなただ。充分協力してるじゃない」
リムがそう言うと院長先生は何かつっかえが取れたように清々しい表情になる。
「そういうことにしておきましょう。子供達の相手もなかなか大変ですからね」
そして涙を拭い、鼻を啜って品の良い笑みを作った。




