ベアトリーチェの生涯
「あの……彼女はそれからどうなったんですか?」
リゼナは恐る恐る訊ねる。
「探しても探しても、継母は見つからなかった。ベアトリーチェに心酔し、彼女の望みを叶えようとしていた男達も次第に離れて行った。継母を失い、男達からも見放されたベアトリーチェは憔悴したようだよ」
リムはおかしそうに笑う。
やれやれと、首を小さく横に振る。
「だけどね、一人だけいたんだよ。物好きな男が。彼は孤独になったベアトリーチェに一人寄り添った。『復讐なんて忘れてしまえ。継母が君を庇った理由をよく考えろ』ってね」
その言葉にリゼナ俯いていた顔を上げた。
そこには柔らかく微笑むリムの姿がある。
そうか……そうよね、だって…………リム・ヴァイオレットは彼女の孫だもの。
リゼナの眼前がぱっと明るくなる。
彼女にもいたのだ。
彼女の孤独に寄り添い、彼女を支えてくれた人が。
ベアトリーチェはその男性と一緒になり、子を生んだ。
その子が大人になり、大切な人と結ばれ、リムが生まれたのだ。
彼女にとって継母を失ったことは辛く、苦しく忘れられない過去だろう。
だけど、それを乗り越えて命を繋いできたのだ。
その命がどれだけ彼女にとって大切なのかは、彼女が書いた『天使の卵』を読めばよく分かる。
自分が大切な人と生み育んだ命がまた小さな命を授かった。
それを心から喜び描かれたのが『天使の卵』だ。
「ヴァイオレット隊長にとってはベアトリーチェにされたことは苦痛だったと思います。だけど、やっぱり彼女はどんなことがあってもあなたに生きて欲しかったんですね」
リムは魔女狩りで両親を亡くした。
そして祖母であるベアトリーチェに虐待ともいえる環境で育てられた。
勉学や武術だけでなく、薬の知識、盗みや人の殺し方まで、何でもさせられたと言っていた。
本で知識を詰め込むことを強要され、実践をさせられ、生活の範囲を厳しく制限された。
リゼナは目頭がじんっと熱くなる。
自分が大切な人と繋いだ命を絶対に失いたくなかったのだと思う。
知識を詰め込むことを強要したのは知識がないままだと世の中を生き抜けないから。
武術をさせたのは争いに巻き込まれても生き延びることができるように。
薬の知識は病気になった時のために。
盗みはお金がなくても生き抜くために。
人殺しは自分が殺されそうになった時のための最終手段。
生活範囲を厳しく制限したのはリムがいなくなりそうで怖かったから。
やっていいことではない。
それも幼い子供に。
だけど、彼女の孫に死んで欲しくない、他人がどうなっても、リムだけはどうか生き抜いて欲しいと願ったのではないだろうか。
継母、娘夫婦、大切な人を何人も失った彼女はこれ以上失いたくなかったのではないだろうか。
リゼナはそんな風に思ってしまい、瞳が潤む。
目の前にすっとハンカチが差し出された。
「凄い顔してるよ」
そう言ってリムは苦笑する。
「ほっといて下さい。元からこういう顔です」
リゼナはリムからハンカチを受け取り、眼鏡を外して涙を拭いた。




