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本の核

 リムと一緒に出勤し、一緒に帰宅する日が数日続いた。

 もう小人に襲われる危険はないが、大きな問題として本の核を探す作業が残っている。

 

 早急に解決して、物騒な事件から完全に開放されて元の生活に戻りたいリゼナだが、リムはあまり急いた素振りを見せない。


「本の核のことなんですけど」


 日が暮れ、邸に帰る馬車の中でリゼナはその話題を口にする。

 

「何か心当たりはないですか?」

 

『白雪の赤い心臓』の著者はリムの祖母であるベアトリーチェ・ド・ブロワだ。

 ミオーナの話だと、本の核とは著者と深い関りがあるものらしい。

 ミオーナの千里眼で核の正体を探ろうとしたが、本の魔力が強いせいでミオーナの魔法が弾かれてしまい、それ以上の情報が手に入らない。


 そうなると自分達で動くしかない。

 リゼナはそろそろ本に囲まれた自堕落な生活に戻りたいのだ。


「本の核が著者と深い関係があるのであれば、一番それに近いのはヴァイオレット隊長だと思います」


 リゼナがここ数日、この話題を避けていたのはリムが祖母であるベアトリーチェに辛い目に遭わされていたからだ。


 辛い思い出が蘇り、彼が嫌な気持ちになると思うと、話しをするのは躊躇われた。

 しかし、いつまでもこのままでいるわけにもいかない。

 リゼナは一歩踏み出す必要があると考えて、言葉を慎重に選ぶ。


「もう一度、ベアトリーチェ・ド・ブロワのことを教えてもらえませんか?」


 パーティーの日にも一度ベアトリーチェ・ド・ブロワについて訊ねたことがある。

 その時はリムがベアトリーチェと過ごした時間の話だった。

 今回はベアトリーチェ自身のことを聞いておきたい。

 

 それが鍵になる気がするのだ。


「これは僕が彼女の友人から聞いた話」


 長い手足を組んで、静かな声音でリムは口を開く。


「とある資産家の男と魔女の間にできた子供、それがベアトリーチェ・ド・ブロワ。娘が生まれたことで男の愛情は全て子であるベアトリーチェに向けられた。それに激しい嫉妬をした母による虐待を受けた」


「実の子に嫉妬したってことですよね?」


 普通であれば、父が娘を可愛がることは喜ばしいことのように思う。

 

「父親が娘を可愛がるなんて何もおかしいことではないけど、母親は自分が一番愛されていないと気が済まない性格だったんだろうね。夫の愛情が娘に向けられることを喜べず、嫉妬し、疎ましく思うようになり、手が出るようになった」


 成長していく娘に憎悪を募らせるようになった母に一早く気付いたのは父親だった。

 母と娘を遠ざけ、自分も妻から距離を置くようになると、より嫉妬は激しくなる。妻の行き過ぎた行動に堪忍袋の緒が切れたは夫は離婚し、後妻を迎える。


「継母はとても優しかったそうだよ。『あなたがいるから子供はいらないわ』と言って子供は生まず、血の繋がらない娘を溺愛したらしい」


 リムがそこまで語った時点で、リゼナははっとする。


「ちょっと待って下さい! それって…………」


 リゼナは鞄の中にある本を取り出す。


「そうだよ。『白雪の赤い心臓』に登場する白雪はベアトリーチェ自身のことなのさ。その本はベアトリーチェの実話を元に激しい憎悪を詰め込んで書かれたんだ」


 リムはリゼナが鞄から取り出した『白雪の赤い心臓』に視線を落とす。


「父が死に、喪が明けた頃に父の遺産が継母の手に渡ると知った前妻が二人の前に現れた。遺産を寄越せと。そう言って継母に詰め寄る実母をベアトリーチェが突き飛ばした。すると激昂した実母は持っていた刃物でベアトリーチェを刺そうとしたんだよ」


 リムは淡々と語る。


「そ、そんな…………」


「実母に刺されそうになったベアトリーチェを継母が庇った。実母は近くにあった金品を奪って姿を消した。ベアトリーチェを庇った継母はベアトリーチェの無事を喜び、息を引き取った。そこからベアトリーチェは狂い出したんだ。言い寄ってくる男に命じて継母を探し出し、殺そうと躍起になる。この本に書かれている七人の小人は実際に彼女に言い寄ってきた男達のことだろうね」


 リゼナ胸が苦しくなる。


 実母に嫉妬され、愛されなかった娘は血の繋がらない継母に心から愛された。

 優しく、愛情を注いでくれる継母を実の母親に殺された悲しみは計り知れない。


 血が繋がっていなくても、継母と娘は強い絆があった。

 それが、実の母親にはないという悲しい現実がリゼナの胸を刺す。


 まさか、この本に書かれていることが著者自身の過去だなんて……。

 

 だからだろうか、この作品には残酷性、残虐性、嫉妬や殺意、憎悪の生々しい感情がよりリアルに現れているのは。


 実体験を元に書かれたのならば、リアルであるのは当然だ。


 血の繋がった家族であっても血生臭く憎しみ合う悲しい現実があることを思い知らされた。


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