垣間見える独占欲
本の内容を書き換え、心臓を求めて魔女を襲う殺人小人達を本に戻すことから、本の核を探すことに目的が変更された。
七人の小人を本に戻すという任務を達成し、解放されると信じていたリゼナはげんなりする。
「リゼナさん」
部屋を出たリゼナを呼び止めたのはセスナである。
「先に行くよ」
そう言ってリムは通路を進み、角を曲がって姿が見えなくなる。
アルノーアはミオーナを送るために部屋を出たし、ビアノはまだ眠いと言って仮眠室に向かった。
静かな廊下にリゼナはセスナと二人きりになる。
セスナと面と向かって話すのは初めてなので、少しだけ緊張した。
「け、怪我の具合はどうですか?」
「もう大丈夫です。魔法薬で綺麗に治して頂きました。お気遣いありがとうございます」
心配して声をかけてくれたセスナにリゼナは答える。
五番部隊の救護馬車を利用したリゼナだが、セスナは昨晩も救護馬車を手配してくれたり、何かと気を使ってくれていることが嬉しかった。
「昨晩も気を使って頂いてありがとうございました」
リゼナは頭を下げてお礼を言うと、セスナは顔を赤くして首を横に振る。
「い、いえ……当然のことですから!」
なかなか視線が合わない。
何だが、避けられてる気がするのは気のせいだろうか。
リゼナの方は用事がないので特に話すことがない。
呼び止めたセスナも何故か要件を言わない。
二人の間にしばしの沈黙が流れるが、先に口を開いたのはセスナだった。
「その、今日は眼鏡をかけてるんですね。昨日は外していらしたが……」
ちらちらとリゼナに視線を向けながら、セスナは言う。
「はい。治療をしてもらったのでもう本当は必要ないんですけど」
何故か、強要されているのよね。
リムに掛けろと言われて贈られた眼鏡は技術科の傑作らしい。
こんな物を作るためにその腕と時間を使わない頂きたいが、おそらくリムに無茶を言われてこの眼鏡を作った彼らのことを思えば、少しぐらいは掛けなくてはならない気がする。
それに加えて、悲しいことに眼鏡の着用期間を考えると、眼鏡がないとどこか落ち着かないのだ。
おかしい。
視力が良くなり、眼鏡がなくなればどんなにいいかと思っていたのに。
「その……それであれば、外しても良いのではないですか?」
「やっぱり似合いませんよね、眼鏡」
リゼナも気付いてはいる。
「眼鏡が似合わないわけではないのですが……ない方が……より美しく見えるかと!」
セスナの語尾に力が入る。
そこまで強く言われるとリゼナも考えてしまう。
「そ、そうですか?」
「はい! 絶対にない方が良いかと!」
セスナは真っすぐリゼナの目を見て言った。
その瞳が必死に何かを訴えているように見え、リゼナは少し戸惑う。
だけど、セスナの言う通り、せっかく目が見えるようになったのだから眼鏡は卒業しても良いのではないだろうか。
そうすればストレスなく本が読めるし、私生活の不便も減る。
今までしてこなかったお洒落もしてみたい。
「そうですね。じゃあ、外しちゃおうかな」
「それが良いと思います!」
リゼナが言うとセスナが大きく首を縦に振り、賛同してくれる。
ここまではっきり言われると、眼鏡を外した自分に少しだけ自信が持てる気がする。
リゼナは思い切って少し俯いて眼鏡を外した。
改めて素顔を晒すのはやや恥ずかしいが、いずれは慣れなければならない。
前髪を指先で整えてゆっくりと顔を上げる。
「ダメだよ」
聞き馴染んだ声が耳元で聞こえたと同時に視界が何かに遮られ、暗くなる。
小さな隙間からセスナの驚いた表情が見えたのを最後に視界は真っ暗になった。
ぼすっと柔らかい壁のようなもに背中から衝突し、リゼナは何が起きたか分からずに暗闇の中で混乱した。
手探りで視界を覆う何かをどかそうとするが、なかなか外れない。
手で触れれば、自分の視界を覆うそれは誰かの手だと分かる。
こんなことをしそうな人物は一人しかいない。
何故こんなことをしているかは全く見当がつかないけども。
「ヴァイオレット隊長ですか⁉ もう、何するんですか! 放して下さい! 前が見えないんですけど」
リゼナはリムに後ろから抱きしめるように視界を覆われているが、抱き締められている事実よりも視界を遮られていることに意識が集中し、近すぎる距離に関しては指摘しなかった。
「リム・ヴァイオレット……お前、リゼナさんから離れろ」
「君は彼女の眼鏡の下に興味があるの? こんなに歪んでるのに」
「ちょっと、私の顔面が歪んでるみたいに聞こえるんですけど⁉」
抗議するリゼナの言葉は完全に無視し、リムはセスナに言った。
「そ、そういうわけじゃ……! ただ、眼鏡がない方が素敵だと……」
セスナの発言中にリゼナの身体がぐるっと回転する。
視界が明るくなり、顔を上げるとすぐ側にリムの顔があった。
相変わらず綺麗な顔をしているが、その表情は不機嫌を隠しもしない。
「だってさ。眼鏡をかけた君に魅力はないって」
「そんなことは言ってないだろう!」
「…………」
分かってます、セスナさん。この人のただの意地悪ですから、気にしないで下さい。
リゼナは不貞腐れながらも心の中でセスナに告げた。
そして正面にいるリムを小さく睨む。
「じゃあ、いいじゃない。眼鏡があっても」
リムはリゼナに眼鏡をかけて、眼鏡にかかりそうな前髪を指先で払う。
「眼鏡があろうが、なかろうが、君は変わらない。こんなもの一つでグラグラするような奴、放っておきなよ」
リムの金色の瞳がリゼナを捕える。
金色の瞳が何かを強く主張し、その熱量にリゼナは戸惑う。
艶のある声とどこか甘い眼差しがリゼナの心に絡みつき、身動きを封じる。
リムの言葉の意味は全く分からない。
だけど、彼の言葉がリゼナの胸を締め付けて鼓動を早め、のぼせた時のように顔に熱が集中してクラクラした。
すっとリムはリゼナから離れて踵を返す。
「ほら、行くよ」
そう言って固まったまま動かないリゼナを残し、一人で歩いて行ってしまう。
リムの姿が見えなくなり、リゼナははっと我に返った。
「すみません、失礼しますね」
凍り付いたように動かないセスナに慌てて一言告げ、リゼナはリムの後を追い掛けた。




