まだ続く
『白雪と赤い心臓』の本を持ち、王宮特殊事務課の封印の魔女の元を訪れた。
特殊事務課とは魔女や魔法使いのみで構成される部署で各所からの要請のみで動く。
リゼナが所属するのは普通事務なので、全く異なる部署である。
そして封印の魔女から聞かされた事実にリゼナは愕然とした。
「な、何ですか⁉」
リゼナは封印の魔女、ビアノ・エイに向かって声を上げた。
「何でって言われても。完全体じゃないからよ」
ビアノは困った顔をして、机の上で頬杖をつく。
本を持ってビアノのもとを訪れたリゼナとリムだったが、ビアノから告げられたのは『この状態では封印できない』という残酷な現実だった。
もう全てが終わったものと信じて疑わなかったリゼナは絶望的な表情になる。
小人を全て本に戻したというのに、これ以上何をすればいいというのか。
「この本は強い魔力が宿っているわ。厄介なことにこの本自体に意志があるの。だから、この本が眠りにつける状態にしてあげないと封印しようとしても魔力を弾き返してしまうの」
そう言ってビアノは本を手にして手を翳す。
しかし、バチンっと何かが弾ける音が響き、本が遠くの床に落ちた。
「ね? こんな風に大人しく封印されてくれないのよ」
ビアノは両手を上げて、苦笑する。
彼女の言葉通り、今の状態では封印を施すことはできないらしい。
「じゃあ、どうすればいいんでしょうか?」
リゼナはビアノに訊ねる。
しかしビアノは眉を八の字にするだけだ。
リゼナの質問に対する答えを持ち合わせていないのだろう。
リムは無言で本を見つめるだけで言葉を発しない。
「核を探せば良いのよ」
聞き覚えのある声が室内に響く。
「み、ミオーナ様?」
困り果てたリゼナ達の前に現れたのは国王陛下の婚約者のミオーナである。
ミオーナの後ろには騎士団長のアルノーアとセスナの姿もある。
「夜会ぶりね、リゼナ」
ミオーナはリゼナの元まで歩み寄り、リゼナの顔を覗き込む。
そして小声で囁いた。
「あなた、大丈夫? 誘拐されたって聞いたけど……騎士団の人達は強いけど、女性に対する配慮に欠けるところがあって……」
『特にあの男は』と言ってリムを視線で示す。
パーティーではリゼナに食って掛かって来たミオーナだが、彼女なりに心配してくれたらしい。
「ありがとうございます。幸い怪我は大したことなく、騎士団の皆さんにはよくして頂いてます」
「大事なことだから覚えておいて。騎士団の中で女性に配慮できるのはアルノーアとケイトだけよ。他は役に立たないわ。いいこと? 何かあれば既婚者のアルノーアとケイトを頼りなさい」
「胸に刻んでおきます」
真剣な声音で言うミオーナの言葉をリゼナは真摯に受け止める。
その様子から過去に何かがあったのだと察することができた。
「聞き捨てならないんだけど」
不満そうに口を挟んだのはリムだ。
まるでリムは役に立たないと言いたげなミオーナの発言に眉を顰めている。
そしてアルノーアの後ろで発言を控えているセスナも渋い顔をしていた。
自分が頼りになる者の中に入っていないことにショックを受けているようである。
『ほら、お前はまだ若いからさ』と、アルノーアが傷付いたセスナのフォローをしている。
「女性には色々あるの。あなたみたな戦闘狂に女性の繊細さは分からないわ。ところで、本題に戻るけど」
リムを一瞥したミオーナはリゼナに向かって話し出す。
リゼナはミオーナとリムのやり取りを見て、意外に思った。
てっきり、ミオーナ様はヴァイオレット隊長のことが好きだと思っていたのに。
随分とあっけらかんとしている。
そんな風に思っていると、リゼナの心を見透かしてか、ミオーナがリゼナの耳元で囁いた。
「もうふっきれたのよ。あんな凶悪な男、こっちから願い下げだわ」
ミオーナの言葉にリゼナは渇いた笑みを浮かべるしかない。
どうやら、彼女の中には既にリムはいないようでリゼナはほっと胸を撫で下ろす。
ん? 何でほっとしたの? 私。
「じゃあ、本題に戻って要点だけ伝えるわよ。よく聞きなさい」
ミオーナはまるで教壇に立つ教師のように注目を集めた。
ミオーナのリムに対する好意がなくなったことに無意識に安堵し、戸惑っていたリゼナははっと顔を上げた。
「この本の核を探しなさい。そしてその核を本に戻し、再度封印を施すのよ」
「核……ですか?」
「そうよ。この本の核を戻さなければ、この本を封じることはできないわ。それか、核を壊す。だけど、核を壊した場合、この本に掛けられた魔法が跳ね返ることになる」
「跳ね返るとどうなるんですか?」
リゼナは訊ねた。
「分からない。だけど、最悪死ぬ可能性もあるわ。強力な魔法を破るということは危険を伴う行為だもの」
「ベアトリーチェ・ド・ブロワは強力な魔女だ。その負の力が圧縮されたこの本を破るとなれば死人が出ることも考えるべきだな。被害が予想できないとなると、核を見つけるのが一番穏便に済む方法だろう」
アルノーアの言葉に、リゼナの気が遠くなったのは言うまでもない。




