騒動の後で
パーティーと誘拐騒動後、リゼナはリムの邸に戻って来た。
目を覚ましたのはリムの邸の客室のベッドで、睡眠不足と疲労困憊で馬車に乗った記憶はなく、リムが運んでくれたらしい。
寝顔を見られたと思うと恥ずかしくて辛いが、何せリゼナが裸でも指一本動かないと断言したリム相手では気にするだけ無駄な話なので忘れることにする。
グレイが主犯の反政府一味はリム率いる五番部隊の活躍により、捕縛されたことは新聞各社で大々的に報じられたが、そこにリゼナのことは書かれていない。
そのことにリゼナは安堵する。
反政府の一味に誘拐されたリゼナの情報を掴んだ記者がいたらしいのだが、リムが新聞各社に圧力をかけてリゼナが誘拐された事実はなくなった。
実際にリムによって潰された新聞社が複数存在しており、二の舞になりたくない新聞社社長達は首を縦に振るより他なかっただろう。
そしてあんな騒動があったばかりにも関わらず、小人達は無遠慮にもリゼナを休ませるということはしなかった。
案の定、深夜になるとリゼナの前に現れた。
しかし、前回と違って不利な状況ではない。
リゼナはアイマスクをしていないし、リムも寝ているリゼナに気を遣う必要はなく、最初から全力で小人を捕えにかかった。
リゼナは睡眠不足と疲労で、一刻も早く終わらせたい気持ちが強く、ペンを握り締めてひたすら手を動かした。
書き換える内容は既に決めていたので迷いはないが、早く終わらせたい気持ちが強く表れたせいで殴り書きになってしまった。
疲労を感じているのはリムも同じようで寝不足と疲労の苛立ちのせいで室内にも関わらず、剣を振る腕に容赦がない。
小人は即リムに斬られ、動かなくなった。
そうなるとリゼナは余計に作業を急いだ。
「終わりましたね……」
「そうだね」
リゼナは万年筆を片手に本を閉じた。
小人の最後の一人であるイチイを本に戻すことができた。
そして大きく脱力する。
長かった。ほんの数日のことなのに何か月もかかったような気がする。
今日まで蓄積した疲労が一気に押し寄せ、リゼナは滅茶苦茶になった客室のベッドに座り込んだ。
「疲れているところ悪いけど、出掛けるよ」
「え、どこにですか?」
今にも閉じそうな瞼を擦り、リゼナは訊ねた。
どうせ小人に襲撃されるだろうと見込んだ二人は深夜であるが夜着ではない。
すぐにでも外出が可能だ。
「王宮だよ。封印の魔女にもう一度その本に強固な封印を施してもらう」
「なるほど」
元々は封印されていた本をグレイが封印を破ったことでこんな事件が起きたのだ。
「本当に、何で私まで狙われることになったのか……」
せめて小人達に狙われる身でなければこんなにも恐怖を味わうこともなかったように思う。
今まで攻撃系の強い魔力を持った魔女しか襲わなかった小人がどうしてリゼナをターゲットにしたのかは分からず仕舞いだ。
「分からないの?」
「え? あなたは分かるんですか?」
リゼナは聞き替えした。
「君、鏡は見た?」
「鏡?」
何故鏡を見た、見ないの話になるのだろうか。
リゼナはリムの質問の意味が分からない。
そして、そういえば昨夜から鏡を見た記憶がないことに気付く。
「だろうね。はい、これ」
「何です?」
リムはどこからともなく取り出した細長いケースをリゼナに差し出した。
リゼナはそれを受け取り、開けてみるとそこには眼鏡が入っていた。
「眼鏡?」
「技術部に君のかけていた眼鏡をモデルに作らせたんだ。なかなかいい出来でしょ?」
リムは説明するが、疑問の答えになっていない。
「確かに、そっくりですが。あのですね、私は本を読むために下を向いたり、動く度にズレる眼鏡をかけなくてもクリアな視界が広がる今の状態をとても気に入っておりまして。鼻の上が痛くなることもないし、寒い外から温かい部屋に入ると視界が曇ることもない、今の眼前の世界がとても気に入っております」
よって、眼鏡は不要です。
「そう言うと思って、レンズは最新技術で超軽量化してあるし、表面に特殊な加工もしてあるよ」
かけてみて、と言ってリムは有無を言わさずリゼナに眼鏡をかけた。
「あ、本当だ。軽い! 度は入ってないんですね……って、そうではなくて! 確かに、なんだか落ち着きますけど!」
リゼナの口から思わず本音が零れた。
長期にわたり、重たい眼鏡をかけ続けていたため、眼鏡がないとどこか落ち着かない自分がいることに気付いてしまった。
「いいじゃない。レンズの厚さまで忠実に再現してもらったんだから」
「そんなところに技術を駆使しなくていいんですけど」
どうせなら、その無駄な厚みを削ってもっと軽量化してもらいたかった。
リゼナは部屋の隅にある壁掛けの鏡まで移動し、鏡を覗き込む。
すると、あることに気付いた。
「ちょっと、どうして顔が歪んで見えるんですか⁉」
鏡を見るとレンズ越しに見える自分の顔が歪んで見えた。
「うん、その方がいいよ。僕も落ち着く」
「はぁっ?」
満足げに頷くリムに、『何故、あなたの気持ちを落ち着かせるために私が顔の歪んで見える眼鏡を装着しなければならないのか』と猛抗議したい気持ちに駆られる。
しかし、これを言ってしまうと何やら面倒なことが起きる気がして口に出せないまま、二人は王宮に向かった。




