感謝のキス
救護馬車でアドモンド特製の魔法薬で治療を済ませるとリムと二人きりになる。
広くはない馬車の中で椅子に座ったリゼナの側にリムが立つ。
「遅くなって悪かったね」
二人きりになり、最初に口を開いたのはリムだった。
「君は誓約の魔女だ。使い勝手がいいし、手負いの人間を連れての逃走は不利。グレイ・ソールは君に危害を加えないと踏んでいたんだけど……甘かったよ」
そしてリゼナの前に跪き、リゼナの冷えた手を取った。
冷えた手を温めるように、リゼナの手を大きなリムの手が包む。
手を握られて、リゼナは動揺してしまう。
「怪我は腿だけ? 他に何かされてない?」
「えっ…………」
上目遣いで問うリムにリゼナは赤面する。
金色の瞳を縁どる黒く長い睫毛がこんなにもはっきり見える距離にリムがいるのだ。
じんわりと指先から彼の温もりが伝わってくると、リムから温めてもらっている感じが否めない。
この近い距離で、彼と触れ合っているという事実がどうしようもなくリゼナの心拍を上げていく。
「えっと…………」
何かされたと言えば、された。
だけど、未遂だ。
ベッドに押し倒され、身体が強張り、怖い思いをした。
あそこで声を張り上げ、グレイに自分を売り込むフリをしなければ本当に襲われていたかもしれないと思うといまでもゾッとする。
「な……何も……」
だけど、それを話すことは躊躇われた。
じっとこちらを見つめるリムの視線を受け止めながらリゼナは答えた。
「……………………あの男、殺そうか」
体温を奪うような冷たい声でリムは言う。
しかも疑問系ではない。
『よし、決めた』と明確な殺意が籠っている。
「な、何でそんなことになるんですか!?」
物騒過ぎる発言にリゼナは声を上げた。
「あの男を殺せば、君とあの男の間に起こったことを知る者はいなくなる。君には忘却薬を用意するから飲むといい」
リムは真面目な顔でリゼナに言う。
「そんな必要ありません。何もされてませんから」
「他の奴は騙せても僕には通じない」
金色の瞳に射抜くように見つめられ、リゼナは観念するしかなかった。
「何かされたと言えば、ベッドに押し倒されたくらいです。それ以上のことは本当に何も。行為に及ぶ前に私はグレイに自分の利用価値を餌に難を逃れたんです」
リゼナはその時のことを再び思い出し、眉を顰めた。
そのことにリムは目を丸くする。
そしてクスッと小さく笑みを零した。
「何がおかしいんですか?」
仮にも男に襲われかけた女性にする態度ではない。
「逞しいと思ったんだよ。男相手に勇気がある」
「それって褒めてるんですよね?」
「もちろん」
逞しいと言われてもあまり嬉しくはないが、リムの柔らかな表情を見ると、悪い気はしない。
「だけど、今回は僕の落ち度だ。怖い思いをさせて悪かったよ」
リムは再びリゼナに謝罪をする。
その表情は険しく、固い。
リゼナはリムの大きな手にそっと自分の手を重ねる。
冷え切った手で申し訳ないと思いながら。
「良いんです。だってこうして助けに来てくれましたから」
リゼナは大事なことをまだ伝えていなかった。
「助けに来てくれて、ありがとうございます」
本来は最初に言わなければならないことなのに、言いそびれてしまっていた。
リムが来てくれなければリゼナもルイもどうなっていたか分からない。
「あなたに、心からの感謝を」
リゼナはリムの指先に口付ける。
少しだけ照れくさいが、指先へのキスは相手への感謝を示す。
リゼナが唇を離すと、リムは徐に立ち上がる。
「処理にはもう少しかかるから、それまで休んでいて」
リムは畳まれていた毛布をリゼナの膝に掛け、そのまま馬車の扉を閉めた。
あまりにも呆気なく出て行ったリムにリゼナは虚しい気持ちになった。
自分としては感謝のキス一つでも慣れなくて照れくさかったのに、リムは全く気にしていない様子だった。
「まぁ、彼なら感謝のキスなんで子供の戯れみたいなものなのよね」
それ以上のことを彼はたくさんの女性と行っているに違いない。
ケイトさんも一夜限りの相手はたくさんいるって言っていたし。
少しだけ虚しい気もするが、それならリゼナの指先へのキスはさほど気に留めることはなく、今後も今まで通りに接してくれるだろう。




