逃亡防止
「リゼナ! 一体、俺に何をした⁉」
凄い剣幕でリゼナを睨んだ。
「私は誓約の魔女よ。私の前で不用意に約束をしないことね」
リゼナが言うと空中に赤い文字が列を成して浮かび上がる。
「あなたは私に約束したわ。今日は移動魔法を使わないと」
それが誓約となり、グレイの逃亡を阻止したのだ。
「何だと……あれはただの口約束じゃないかっ! まだ書面も交わしていないだろ⁉」
「あなたは私の普段の仕事の様子から誓約するには紙とペンが必須だと思ってるみたいだけど、誓約を交わす方法はそれだけじゃないわ。誓約者が私自身であれば、紙もペンも必要ないの」
そして空中に浮かんだ赤い文字の羅列に視線を向ける。
その文字を興味深そうにリムが覗き込んだ。
「これは血かい?」
リゼナは頷き、手の平を広げて見せた。
手の平から細く赤い糸のように伸びた血液が赤い文字を紡いでいる。
「誓約にはお互いに何かを差し出さなければならない。今回は身体の一部にしたわ」
「身体の一部……だと?」
「私の血とあなたの髪の毛よ。この程度の誓約であれば十分成立する」
リゼナの言葉にグレイは目を剥いた。
この部屋から移動したベッドの上に落ちていたグレイの髪を拾い、何気ない会話の中で誓約を結んだのだ。
眠気を痛みで紛らわそうとしていたリゼナの手にはその時点で血が滲んでいた。
「日付が変わるまで、あなたは移動魔法を使うことはできないわ」
その言葉にグレイはがっくりと項垂れる。
もう逃げることはできないと知り、観念したようだった。
「ははは、所詮は君の家族への愛はその程度なんだね。それじゃあ、君を守った家族も浮かばれないだろうな」
乾いた声で笑いながらグレイはリゼナに向かって言う。
最後の最後にリゼナの心に罪悪感を植え付けたいらしい。
「私の家族が私を守ってくれたのは私に復讐をさせたかったからじゃないわ」
「じゃあ、何のために助けたのか分からないじゃないか!」
グレイの言葉にリゼナは嫌悪感を覚えた。
そして彼の辛い過去の話を思い出す。
本来であれば幼い彼は守られる存在だった。
しかし、彼の保護者である大人達から道具のように扱われた。
そうか……彼はまだ自分を誰かの道具だと思ってるのね。
「あなたを助けた従姉妹はあなたに頼んだのかしら? 私の代わりに復讐して欲しいと。そんなこと言わなかったはずよ」
静かに響くリゼナの声にグレイだけでなく皆が耳を傾けていた。
「彼女があなたに望んだのは一つだけ。それはあなたが自由に生きることよ」
その言葉にグレイは大きく見開く。
「もう自由になって良いの。あなたは誰かの道具じゃない。もう誰の言いなりにもならなくて良いの。ただ、生きて。その命を大切にして。あなたを守った人はそう願ったはずよ」
リゼナの言葉にグレイは大きく瞳を揺らす。
そして大粒の涙がボロボロと溢れ、今度こそ力なく項垂れた。
グレイが今度こそ、心から自由になれますように。
リゼナは心の中でそっと祈った。




