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グレイの過去

「あなた……魔法使いなの?」


 急に変わった景色にリゼナは驚く。

 

「そう、俺は空間移動の力を持ってる。リム・ヴァイオレットのように強い能力ではないけど、何かと便利なんだ」


 グレイはグイっとリゼナに顔を近づける。


「何を…………」


 頭をグラグラ強く揺さぶられた時のような気持ち悪さがリゼナを襲う。

 まるで酷い乗り物酔いにでもなったかのような不快感に眉を顰める。


 加えて薄っすらと不気味な笑みを浮かべるグレイに真上から見降ろされ、鳥肌が立った。


「もうてっきりあの男に食い散らかされたのかと思ったんだ。だけど、違うんだろう? なら俺が貰っていいよね?」


 そう言ってグレイがリゼナのドレスの襟に手を伸ばした。

 これから自分が何をされるのか想像してリゼナは血の気が引いた。


「待って! 私を仲間にしたいんでしょう?」


 リゼナは震える声を誤魔化すよに声を張り上げた。


「なら、誓約しましょう。私は誓約の魔女だもの」

 

 そう言うと、グレイの手が寸でのところで止まり、面白くなさそうな表情になったグレイがゆっくりリゼナから離れて行く。


 小説ではよくある展開だもの。

 ヒロインの性格によってその後の物語の展開は変わってくる。


 第一に、私はヒロインじゃないから、タイミングよくヒーローが助けに来る展開は望めない。

 かといって、されるがまま襲われてやるのは御免よ。

 となると、知恵を絞って上手く敵を欺いて自力で生還するしかない。


 下手をすれば死にかねないが、誓約の魔女の使い勝手の良さはグレイも理解しているはず。


「あなたには全面的に従うわ。だけど、私に精神的、肉体的に苦痛を与えないこと。この誓約を結んでもらう」


 私は、あんたに大人しく襲われてやるほど可愛くないわよっ!


 リゼナは本心を隠しつつ、グレイに誓約を持ち掛ける。


「私は祖母と母を魔女狩りで失ったの。国が憎い気持ちは同じだわ」


 リゼナは涙声で顔をベッドに臥せる。


「…………そう。俺と一緒だね。俺の場合は従姉妹だけど」

「従姉妹?」


 リゼナはゆっくりと顔を上げてグレイを見つめた。


「あぁ。物心ついた時、親は病気で死んだ。俺は叔父の家に預けられたんだ」


 昔を思い出し、語り始めたグレイの話にリゼナは耳を傾ける。


「だけど、それがなかなか酷い家でね。俺が移動魔法を使えると知るとこき使ってくれたよ。当時は魔女狩り真っ只中だったけど、その時はまだ貴重な男の魔法使いは対象に入っていなかったからね」


 グレイの言う通り、魔女狩りが始まった当初、その対象は政府に危険視される魔女だけだった。

 力のない魔女は対象にならず、故にリゼナ達は普通の生活を送れていた。

 存在が貴重である男の魔法使いも対象に入っていなかった。


 しかし、雲行きは次第に怪しくなり、無差別な魔女狩りへと変わっていった。 


「魔女狩りの対象から外れている俺を引き取った叔父は道具のように俺を扱った。まだ子供だった俺に魔法を使うことは身体にはとても負担だったんだ。それに俺、昔は凄く可愛い顔だったんだ。男でも可愛い顔をしているとさ、大人が放っておかないわけよ」


 グレイは自嘲気味に言う。


「俺は毎晩、知らないおっさんの所に行かされた。夜通しそいつの相手をして、昼間は働かされる。地獄だったよ」


 その言葉から想像できるグレイの過去にリゼナは胸に吐き気を覚えた。

 ぞわぞわとした感覚を背筋に感じ、手足が冷たくなる。


「酷いわ……」


 リゼナはぽつりと呟く。

 無意識に眉根が寄り、表情が強張った。


「味方だったのは従姉妹の姉さんだった。俺の見方は姉さんだけだったよ。それなのに……」


 苦し気な表情でグレイは拳を強く握り締める。


「散々俺をこき使って金を得ていた叔父は魔女狩りの対象に俺が入ると知るとすぐに政府に突き出そうとした。だけど姉さんが俺を逃がしてくれた。俺は姉さんと逃げたかったけど、私が時間を稼ぐからできるだけ遠くへ逃げなさいって」


 過去を語るグレイの声が微かに震える。


 グレイが通って来た道があまりにも辛く、苦しいものでリゼナは言葉が出て来ない。

 

「俺を庇い立てた罪で姉さんは殺された。俺を逃がした後、兵士に捕まって辱めを受けて、仕舞に首を落とされた」


 その言葉には明確な憎悪が宿っている。


「許せないんだよ。魔女狩りを行った政府も、それに賛同した連中も、魔女魔法使いにとって取るに足らない矮小な存在のくせに!」


 腹の中から煮えたぎるような憎悪が溢れ出す。

 彼の凄惨な過去を思えば、国を憎む気持ちは理解できる。


「リゼナならこの気持ち、分かってくれるよね?」

「えぇ……私も家族を失ったわ」


 グレイの過去がリゼナの心に影を落とす。

 母と祖母を失ったあの日の悲しみが蘇って来て、リゼナは頬に涙を流した。


「誓約書を作るわ。紙とペンを用意してくれる?」

「嬉しいよ、リゼナ。すぐに用意させる」


 リゼナの言葉にグレイは言う。


「一つお願いしたいんだけど」

「何だい? 君の頼みなら可能な限り応えてあげるよ」

「あなたの移動魔法、船酔いしたみたいに気分が悪くなるの。今日はもう使わないでくれない? まだ、気持ち悪くて……」


 リゼナの頼みにグレイは一瞬きょとんとした表情をして、その後、苦笑する。


「あぁ。慣れないとそうなるんだ。分かったよ、今日はもう使う必要もないから」

「ありがとう」


 リゼナはほっと胸を撫で下ろす。


「誓約書を作るまで自由にはできないけど、この部屋は君に貸してあげる」


 グレイはリゼナの身体をベッドから起こし、後ろで縛っていた縄をナイフで切る。

 

 拘束から解放され、痕がついた手首を擦りながらリゼナは言う。


「ここはどこなの?」

「まだ内緒。けど、君も知っている場所だよ。もうしばらくはここに潜伏する」


 そう言い残してグレイは部屋を出てた。

 ガチャリと外から鍵が掛かる音がして、グレイの足音が遠ざかって行った。


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