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近付く心

「調子に乗って話過ぎてしまうみたいで、相手に嫌がられてしまうんですけど、ヴァイオレット隊長は私の好きな本の話を嫌がらずに聞いてくれました。嬉しかったです」


 元々、人付き合いは苦手だ。

 本が好きなもの同士なら上手く行くかと言われればそうでもない。

 リゼナがその話題に触れると、相手はあまりいい顔をしないし、リゼナから離れて行く。


 だけど、リムはリゼナの話を嫌がらずに聞いてくれた。

 好きなことを語るのはやはり楽しい。

 こんなに楽しい夜は久しぶりだ。


 ミオーナからリムの話を聞かされた時こそムカムカした気分になったが、今ではすっきりと晴れやかな気分である。 


 でも、ミオーナ様はどうしてリムと親しいような言い方をしたのかしら。


 それだけは疑問だが、今はあまりきにならなかった。


「私はあなたをよく知りません。知り合って間もないですから。噂通りの人かもしれませんが、ただ怖いだけの人ではないと私はもう知っていますので」


 他人には触れられたくない過去があり、痛みを経験したことがある、とっても人間らしい人だ。


 噂に聞く怖いだけの人ではない。


 リゼナは心の底からリムに感謝を示した。


「ありがとうございます。ここにいてくれて。私と出会ってくれて」


 そう言ってリゼナはリムの耳元で囁いた。

 急に耳元で喋って驚いたのか、リムの身体が小さく揺れる。


 その仕草が可愛くてリゼナは笑みを零す。

 

 するとリゼナにしなだれかかっていたリムが身体を起こして顔を上げた。

 暑いのか、耳が真っ赤になっている。


「君、本当に生意気だね」


 ふいっと顔を背けて窓辺に移動してしまう。


「窓開けるから。寒かったら言って」


 リムが窓を開けると冷たい空気が室内に流れ込んでくる。

 酒で火照った身体にその冷気は心地よい。


 夜風の心地よさに二人が沈黙していた時だ。


 バチンっと何かが弾けるような音がした。


「今の音は?」


 リゼナが音源を探して椅子から立ち上がると窓辺に立っていたリムが駆け寄りリゼナを抱き締め、押し倒した。


 バリバリバリーンっとガラスが砕け散る音が部屋中に響き渡り、リゼナは悲鳴を上げそうになる。

 しかし、リムがリゼナを庇うように抱き締めているせいか、不思議と悲鳴は上がらなかった。

 

 リムが辺りを警戒しながらゆっくりと身体を起こし、リゼナから離れる。

 リゼナを窓から遠ざけるように部屋の扉近くに移動する。

 


「一体何が……」


 そこまで口にしてよぎったの小人の存在だ。

 ベアトリーチェ・ド・ブロワの『白雪の赤い心臓』に登場する小人達はリゼナの心臓を狙っている。


 だけど、おかしいわ。

 この城には魔封じと結界が施されているはずなのに。


 城で働く魔女や魔法使いは魔力の使用を制限される。

 攻撃系の力を持つ者は特にそうで、リムはもちろん対象者だ。

 リゼナはこの力を使って仕事をしているので制限はない。


 それらは魔力を持つ者が国王や要人達を脅かさないようにするためだ。

 城に張られている結界は外部からの攻撃を防ぐためのものだ。


 なので城の内側はこの国で最も安全なのである。


「どうやら殺人小人に協力している者がいるらしいね」


 リムは口の端を吊り上げて言った。

 リムの視線の先を見ると窓の方に小さな蠢く影があった。


 リゼナはごくっと唾を飲み込む。


 影は三つだ。

 その手にはそれぞれ、人の首が切断できそうな大きな鋏、鉈、鋸を持っている。


『捧げろ、捧げろ、赤い心臓。今日こそ貰う、お前の心臓』


 三つの影は身体を揺らしながら不気味に歌う。

 

 どうしよう……ヴァイオレット隊長は魔力を制限されているはず。

 これでは私を守りながら戦うのは難しいわ。


 リゼナが歯噛みしていると、リムが腕を伸ばしてリゼナを制する。


「僕より前に出ないでよ」


 そう言って広げた手に剣が現れる。

 パーティーでは持っていなかったリムの剣だ。


「隊長‼ ご無事ですか⁉」


 部屋の扉が勢いよく開かれ、飛び込んできたのはケイトと部下達だ。


「結界を破った奴が近くにいる。探して」

「「は!」」


 リムの指示に部下達は部屋を飛び出していく。


「リゼナ」


 リムに名前を呼ばれてリゼナはドキッとする。

 初めてじゃない。さっきも会場で呼ばれた。


 だけど、あの時とは少し違った響きがある。


 会場で名前を呼ばれた時は仕事の一環だと思い、何も感じなかったので違和感なく受け入れた。


 しかし、今は仕事の一環でも延長でもない、何かがある。


「はい」


 仕事の一環でも延長でもない何かにリゼナは胸がくすぐったくなるような感覚を覚えた。


「できる?」


 肩越しにちらりとリゼナを見やるリムと視線がぶつかる。


「もちろんです」


 彼の期待に応えたい、そう思った。

 決してその言葉は見栄でも意地でもなく、本当に何の問題もなく彼の要望に応えられるからだ。


「今日の私、調子が良い気がします」

「お酒の力で?」


 リムの言葉にリゼナはふふっと笑う。


「そうかもしれません」


 だけど、それだけじゃない。

 あなたが他人には見せない一面を見せてくれたから。

 あなたが私の好きな本の話を聞いてくれたから。

 好きなこと誰かと共有するのは楽しいのだと教えてくれたから。

 私を守ってくれたから。


 嬉しいという気持ちがリゼナに活力を与えてくれる。


 手を広げて念じればそこに万年筆と本が現れた。

 移動魔法を付与してあるので、どこにいても手元に戻すことができる。


「彼らの相手はお願いします」


 リゼナは本を開き、リムに言う。


「もちろんだよ」


 リムもリゼナと同じように、自信に満ちた表情で答えた。

 



 

 

 

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