孫と祖母
「あなたがご両親を亡くしたのは六歳になる年ですね?」
「それが何?」
リムの言葉でリゼナは推測が確信に変わった。
「分かりませんか? 卵から生まれた天使はあなたで小人は両親、鳥の巣はベアトリーチェのことを指しているんですよ」
リゼナの言葉にリムは言葉を失くす。
「お母様の懐妊をおばあ様はとても喜んだ。嬉しくて、嬉しくて、あなたに会えるのが楽しみで、生まれる前のご両親の様子と嬉しい気持ちを一冊目の『卵』に込めたんです」
リムはただ唖然とリゼナを見つめ、話しを聞いていた。
「あなたが生まれ、瞳が金色だったことにみんなが驚いた。だけど、可愛いあなたを大切に育てた。その後に出版された絵本は可愛い天使の成長過程を描いたものです。中には人よりも突出した力を持つあなたを心配する描写もありました。ですが、それ以上にあなたの誕生と日々の成長を喜び、羽を広げて飛び立つ姿を想像する描写がとても印象的に描かれていました」
「じゃあ、あの人は……」
「あなたが生まれる前からずっとあなたに会いたくて仕方がなかったんですよ。幸せだったはずです。あなたが可愛くて、愛おしくて、本を書いて世間に広めちゃうぐらい大好きで。最初からあなたを道具のように扱うことなんて絶対に考えていなかったはずです」
リゼナは断言した。
「あなたは生まれる前から彼女にもご両親にも愛されていた。それだけは間違いないでしょう」
孫を復讐の道具にしょようと考えるほどに彼女の心の闇は大きく、魔女狩りが彼女の精神を歪めてしまったのではないだろうか。
「もしかしたら、復讐の道具にしたかったわけでもないかもしれません」
「どういうこと?」
これは憶測でしかない。
ベアトリーチェ・ド・ブロワの『卵』シリーズはリムの両親が亡くなって以降、新作はない。
リムが六歳になる年に両親が亡くなってから、悲しみに暮れ、筆を折ったのだろう。
その後の書籍は『悪しき魔女の本』シリーズだけだ。
「あなたが魔女狩りに巻き込まれないように、知識も武闘も身に着けて欲しかったんじゃないでしょうか。他人に酷いことをしても、あなたの命が他人に奪われることはないように……あくまで憶測ですが」
他人を犠牲にしても、他人の命を奪っても、リムに生きていて欲しかったのではないだろうか。
リゼナの言葉にリムは天井を仰ぎ、大きな溜息をついた。
「随分と勝手な憶測だね」
「そうですね。憶測ですから」
「そうだね、君の憶測だ」
リムはそう言ってリゼナにぐったりと寄りかかる。
柔らかなリムの黒髪が首筋にかかり、少しだけくすぐったい。
「その憶測、採用してあげてもいいよ」
その声に苛立ちはなく、不機嫌な様子もない。
そしてリムは大きく息をついて口を開いた。
「分かってたけどね。だって、両親が亡くなる前の彼女はとても優しい人だったから。魔女狩りさえなければ、彼女は優しいままだっただよ」
「言うまでもなかったですね」
「そうだね。だけど不思議。君がそう言ってくれるとより強く信じられる気がする」
今までにないくらい優しい声でリムは言う。
いつもとは違う彼の様子にリゼナは胸にくすぐったいものを感じた。
「考えたんだ。魔女狩りなんて二度と起こしちゃいけない。魔法使いと人間は互いを尊重し、認め合って生きなきゃならない。互いを脅かすことなく均衡を保つ必要がある。その要を僕がするべきだって」
リムの言葉には強い意志と決意を感じた。
強力な炎の魔法使いであるリムなら、それが出来るかもしれない。
その力で魔法使い達を統制し、人間達のいきすぎた行いを抑制する。
「あなたにしか出来ないことですね」
「何でこんなことまで君に話しちゃったのかな。ケイトにしか話してないのに」
リゼナはリムが寄りかかっている肩とは反対の手で徐にリムの髪を撫でた。
「私、あなたのこと誤解してました」
「さっきも思ったんだけど、君は僕をどんな人間だと思っていたわけ?」
だらりとリゼナの右肩に寄りかかったままのリムにリゼナは言う。
「もっと冷酷で暴力的で人の心なんか持たない、自分勝手で怖い人かと思ってたけど、違いましたね。やっぱり噂は噂でしかない」
「…………噂通りかもしれないよ?」
リゼナはクスッと笑い声を零す。
「昨日、『人の心がない』と言われた私を庇ってくれましたよね」
リゼナは昨日の職場での出来事を思い出す。
あの時、リムは魔女狩りで悲しい思いをした全ての者の心を汲み取った発言をしてくれた。
その境遇に置かれた者の立場で物事を考えられる思慮深さがある人だ。
「それに気も利きます。今朝、私にシーツを被せて蓑虫にしたり、羽織を貸してくれたり…………さっきだって私が一人にならないようにケイトさんを付けてくれました」
自分のことしか考えないひとであれば、私が大勢の前で夜着を晒したって、パーティーで一人寂しくしていたってどうでもいいはずだ。
そしてリムはとても優しい人だ。
魔法使いと人間が互いに尊重し合い、互いに脅かされることがない世界を望むということは彼には平和を願う心があるということだ。
「それに、私の好きな本の話を嫌がらずに聞いてくれました」
リゼナは嬉しさを表情に出して言った。
「さっきもせっかく話しかけてもらったのに、私が本のはなしばかりするので引かれてしまって。いつもそうなんです。本が好きなもの同士、仲良くなれると思ったんですけど」




