赤ワインの意味
「あぁ……何てことだ……マズイ……」
ケイトは心の中に留めておくことが出来なかった声を漏らす。
視線の先には顔を赤くして完全に酔っぱらったリゼナと彼女に群がる男達の姿がある。
リムから指示されてすぐにリゼナの元にやって来たつもりだったが、既にリゼナは出来上がった状態だ。
しかも手に持っているのは赤ワインだ。
今日の赤ワインは飲みやすい割には度数が高く、酔いやすい。
それだけでなく、この国では一人で赤ワインを飲むのは『誰か私に話しかけてくれませんか?』という意味がある。
恐らく、リムから離れたリゼナが赤ワインを手にしたことによって、リゼナはリムの手から完全に離れたと勘違いした男達が無遠慮に群がっているのだ。
リムに見つかる前に男達を散らさなくては……!
後で何を言われるか分からない。
あの人は冗談だろ? と思うことを本気で言うし、大事な場面でしくじった隊員には容赦しない。
リゼナが他の男に何かされたとあっては、任された自分に除隊を命じかねない。
いつも女性に関してはあと腐れない相手を選び、ここまで気に掛けることがないリムが珍しくドレスを見繕い、カーランに髪型まで指示をしていたことには驚きを隠せない。
リゼナの護衛は仕事の一環だが、パーティーへの同行は絶対ではなかったはずだ。
リムがパーティーに参加している間、城内にリゼナを囲っておけばそれでいい話で、そうすると踏んで準備をしておいたのに、リムはリゼナに同行させた。
そもそもリムはパートナーの有無に拘りはない。
パーティーにはパートナーがいることが美徳とされ、容姿の良い者を連れて歩き見栄を張りたがる者も多いが、リムは『僕と並べば誰だって見劣りするでしょ』と腹立たしいことをさらりと言ってのける人で、パートナーを伴うことの方が稀なのだ。
パートナーに選ばれ、ドレス一式見繕い、自分が離れている間の護衛をケイトに任せるということはリムにとってリゼナが特別な存在であることに他ならない。
仮に、これがリムの気紛れだったとしても、今夜リゼナの身に何かあれば、リムは確実に憤り元凶を始末するだろう。
こうしてはいられない。
ケイトはリゼナの元に急いだ。
「そうですか、歴史にお詳しいのですね」
人混みを搔き分けて進むとリゼナの楽しそうな声が聞こえて、焦りを覚えた。
女性を話術で楽しませ、『場所を変えて話しましょう』と人気のない所に連れ込むのは常套手段だ。
「ベルティ・ルウの書いた芸術書はお読みになりましたか?」
「いえ、自分はアフガンティの方が好みでして」
「まぁ! 彼も素晴らしい芸術家の一人ですものね! 彼の描いた作品の『月』はご覧になりましたか? あの絵の中には彼の少年時代の孤独と厳しい両親への憎しみが込められているんですよね。彼の少年時代というと今から八十年前、この国は経済の発展が進み、暮らしが豊かになった人々も増えましたがその一方で…………」
芸術家らしき人物の名前とその作品について熱く語っているリゼナに自分から話を振った男は完全に引いていた。
「自分は数学者を目指しておりましたので、学者に関しては詳しいのですよ」
「それは凄いです! 数学とは奥深い学問ですし、魔法とも関係が深いといわれております。私は難しいので苦手な科目でしたが、少しは学びました。エレメザリカの生み出した公式がとても印象に残っていて、あの公式が昨今の魔法技術に大きな革新を……」
男達が次々に得意な話題を振るが、それ以上の知識を有するリゼナについて行けず、打ち負かされている。
男達が凍り付いたのを見計らいリゼナに声を掛ける。
「遅くなって申し訳ありません」
「あら、ケイトさん」
振り向いたリゼナの顔は近くで見ると尚更赤く、あと少し遅かったらどこかに連れ込まれていたかもしれないと思うと冷や汗が流れた。
ケイトの顔を見た男達はじりじりと後退し、リゼナから距離を取る。
リムの補佐官としての顔は知られているので、男達は不味い物を口にしたような顔で去って行く。
「大丈夫でしたか?」
「大丈夫じゃありません」
ツンっとした顔でリゼナは言う。




