打ちのめされる悪女
見つけたわ。
エカテリーナの視線の先にはリム・ヴァイオレットの姿がある。
一目見た時、運命を感じた。
艶やかな黒い髪に整った顔立ちは中性的で美しい。
切れ長の目は怜悧な印象を与え、近寄りがたい雰囲気がある。
長身ですらりと伸びた手足に、均衡のとれた体躯は男性らしく、襟や袖から覗く首筋や骨張った大きな手からは男性特有の色気を感じた。
子宮の底が疼くような、甘い興奮を覚える。
絶対に、この人を自分のものにしたい、エカテリーナはそう思い、自ら声を掛けた。
何人もの男を骨抜きにしてきた自分には才能がある。
才能に加えて美を追求する努力も時間も惜しまない。
彼も絶対に自分の虜になると信じて疑わなかった。
それなのに……。
「あんな屈辱、生まれてはじめてよ。この私を無視するなんて!」
話しかけても名前を訊ねてもリムは自分をその美しい瞳に映すことはなく、そのままリゼナなんかと出て行ってしまった。
悔しさで腸が煮えくり返りそうな感覚を覚えた。
話によると、リムは仕事でリゼナと行動を共にしているらしい。
「きっと、仕事だから仕方なかったのよね」
きっと真面目な人なんだわ。
仕事中におしゃべりをするタイプじゃないのね。
だが、今日の夜会は無礼講で平民も参加が認められた大々的なものだ。
リムに近づく好機である。
すぐに彼のことを調べた。
恋人の有無、今までの夜会のパートナー、女性の好みを騎士団員から聞き出した。
エカテリーナは鏡の中の自分に微笑んで見せる。
恋人はおらず、夜の相手は一度きりのあと腐れない女。
今までの夜会のパートナーは系統は違えど、華やかで艶やかな女。
それに習ってドレスは色気のある黒、髪は結い上げてうなじと鎖骨にはオイルで艶を出し、胸元にはお気に入りの香水を吹きかける。
身体の線を強調するドレスは視覚から男の本能を揺さぶり、女性らしい香りと柔らかさでより、相手の欲を刺激する。
これで落ちなかった男はいないわ。
エカテリーナはリムの後ろを早足で追い掛ける。
「あの、待ってください」
そう言ってリムの袖を小さく掴んで引き留めた。
ちょっとだけ甘えた声も男ウケはいい。
エカテリーナの声にリムが振り向く。
やっぱり、素敵だわ!
騎士服とはまた違う装いにエカテリーナは恍惚としてしまう。
「君…………」
リムがはっと何かを思い出したような表情で呟く。
やっぱり! 私のこと気になっていたのね!
「昨日お会いしました。覚えて下さっていたんですね」
嬉しさを表現し、リムに笑い掛けた。
「………………離してくれる?」
冷たい声音のリムにエカテリーナは戸惑う。
何だか、思っていた反応と違うのだ。
「君、誰? 何か用?」
眉間にしわを寄せて、不機嫌そうな顔でリムは言う。
「え……その、昨日お会いしましたよね?」
「昨日……あぁ……事務課の」
何だ、ちゃんと覚えてるじゃない!
エカテリーナはぱぁっと表情を明るくする。
「給料泥棒だね」
「…………え?」
嘲笑うかのようなリムの声にエカテリーナは目を点にする。
「えっと…………それはどういう……」
「自覚がないのかな?」
エカテリーナは引き攣った顔で硬直する。
「自分のノルマも終わらせられないくせに、休憩時間は無駄に長いし、終わらない分は全部他人任せ。君の仕事量、リゼナの三分の一以下で流石に驚いたよ」
淡々と述べるリムにエカテリーナは動揺を露わにする。
何で、それを……それに、何でそこでリゼナが出てくるのよ……!
「おまけに君、今年昇給したね。他は給料据え置きなのに。君が丸め込んだ事務課長も社会的に抹殺されたいか、辞職するか選択してもらわなきゃならない」
昇給するには課長の証明が必要だ。
リムはそれを指摘している。
どういうこと⁉ 何で知ってるのよっ⁉ 課長との関係は絶対に秘密なのにっ!
エカテリーナは背筋に冷や汗を流した。
リムの発言によって周りがざわつき出し、非難の目がエカテリーナに集まる。
「今君がするべきは男漁りじゃなくて、職場の荷物整理なんじゃない? 休み明けには解雇通知が届くよ」
「待って下さい! 何か誤解されてます!」
エカテリーナはリムの服にしがみつき、涙ながらに訴える。
涙で情けを誘うが、リムは顔色一つ変えない。
「確かに、私は仕事の要領は悪いかもしれません。ですが、他人任せにしたことなどありません。皆さんが善意で手伝ってくれただけです」
しおらしく、瞳を潤ませてじっとリムを見つめる。
しかしリムには全く通用しないことに焦りと苛立ちが募る。
「要領が悪いだけで充分な解雇理由になるんだけどね。百歩譲ってそれはいいとしても、君の勤務態度、常務実績の悪さ、贔屓での昇給に関しては君の上司が既に認めている」
その言葉にエカテリーナ愕然をする。
「そ……そんなっ……!」
嘘でしょ⁉ 課長の奴、何でバラしたのよ!
エカテリーナは怒りで身体を震わせる。
「同じ給料で人並に働ける人材を雇った方が職場にも国の財政的にも優しいからね」
リムはそう言ってエカテリーナに背を向ける。
視界の端に、誰かの持ったワイングラスが見えた。
すぐ手に届く場所にあるそれをひったくり、感情のままにリムへとぶつけようと投げつけた。
ばしゃっとグラスから赤いワインが飛び出した。
ポタポタと赤い染みを作る床を見て、エカテリーナはほくそ笑んだ。
「君ね、何してるの?」
呆れ声でリムは問う。
だがそれはエカテリーナにではなかった。
「本当に。何してるんですかね、私」
エカテリーナが顔を上げて前を見ると、そこにはネイビーブルーのドレスを纏った美しい女性がリムの代わりに赤ワインを被り、溜息をついていた。




