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ミオーナ

 会場に入ると中は広々とした空間が豪奢に飾り付けられていた。

 普段は飾り気のないホールが夜会となるとこのように華やかな空間になることを初めて知ったリゼナは驚いた。


 立食ブースには料理が並び、飲み物を持った給仕達がせわしなく行き来している。


 その中でリゼナは緊張でバクバクと音を立てる心臓を深呼吸をして宥めていた。

 リムと腕を組むが、どれくらいの強さが適切なのか、くっつく過ぎても離れすぎてもいけないし、とにかく匙加減がまるで分らない。


「僕に話しかけてくるのは団長や騎士団の隊長達ぐらいだから、気楽に構えていいよ」


 リムはそう言うが、向けられる視線はとても多い。

 男性からの畏怖と羨望の視線を、女性からは期待と誘惑の眼差しを会場の誰よりも集めている。


 女性達の『誰よ、あの女』という言葉が聞こえてきて、リゼナは耳を塞ぎたくなる。


 リムにエスコートされ、会場内を移動しているとチラチラとこちらに視線を向ける人達と目が合う。

 中には事務課の同僚や同期もいて流石に無視するわけにもいかない。

 だが、向こうから話しかけてくることもないので、小さな会釈や愛想笑いを浮かべて通り過ぎた。


 そんなことを何度か繰り返していると見覚えのない男性とも目が合う。

 同じように小さく微笑んで視線を外そうとすると、思いがけずその男性はぼんやりとした様子でリゼナの方に近づいてくる。


 私の知り合いじゃないし、もしかして隊長の知り合いなのかしら?

 

 そんな風に思っているとリムに腕を解かれた。

 身体が離れたと思ったのはほんの一瞬で腰に腕が回り、そのまま身体が急に引き寄せられ、反対の手がリゼナの顎にかかる。


「どこを見てるの?」


 耳に響くような、身体の奥に絡みつくような艶のある声にリゼナは息を飲んだ。

 リムの顔がこんなに近いことだけでも心臓に悪いのに、独占欲を滲ませたような瞳と色香を振りまくものだからリゼナは心臓が止まりそうになる。


 顔に熱が集中するのが分かり、リゼナは尚更恥ずかしくなって頬を赤くする。


「余所見は禁止」


 艶声でリゼナの耳元で囁き、リムと腕を組みなおして再び歩き出した。


 耳まで熱いっ! 何なのよ、この男!

 しかも、人前で近すぎるのよ! ほら、あそこの女子達が凄い形相で睨んでるじゃないっ!


 熱くなった耳を押さえながら、リゼナは平生を装ってひたすらに熱が散るのを心の中で文句を言いながら待った。

 

 リムに連れられてバルコニーが目の前の人がいないスペースにやってきたリゼナはそこでリムを待つことになった。


「僕ら騎士団の隊長は団長と一緒に陛下に挨拶しなきゃならないんだ。君はここにいて。ケイトを寄越すからそれまでここを動かないでね」


 リゼナは頷く。


 壁に寄りかかり、ぼんやりとケイトを待っている間もリゼナに向けられる視線は減らない。



「ご一緒してもよろしいかしら?」


 居心地の悪さに耐えていると声が掛かる。


女性の声に振り向くとそこには金髪の美しい女性が立っていた。

真紅のドレスがとても良く似合ってる。


「あなたは……」


女性の顔には見覚えがあった。


「国王陛下のご婚約者……ミオーナ様」


 若き国王ジオルドの婚約者に内定している女性だ。

ミオーナ・ルナが何故、自分に話し掛けて来るのだろうか。


リゼナは緊張で手に汗が滲む。


「そんなに固くならないで。今夜は無礼講じゃない。だから平民も参加できるのよ」


ミオーナは人の良さそうな笑顔で言う。

しかし、ミオーナの言葉には明確に貴族と平民の隔たりを感じた。


「あなたと話して見たかったの。リムがあなたをパートナーとして参加させると聞いたから」


 リム?

 

 リゼナは親し気にリムを呼び捨てにするミオーナに複雑な感情を抱く。


「仕事の一環だそうです。他に理由はありません」

「ふふっ、そうでしょうね。リムがパートナーに魔女を選ぶなんて有り得ないもの」


 その言葉に引っ掛かりを覚える。


「それはどういう意味ですか?」

「あら? 知らないのかしら。リムは魔女が大嫌いなのよ」


『大嫌い』をあえて強調するようにミオーナは楽しそうに言った。

 その『大嫌い』が何故かリゼナの胸に重くのしかかる。


 どうしてか、目の前が真っ暗になるような感覚を覚えた。


「リムの祖母はあの問題作を世に出した詩編の魔女、ベアトリーチェ・ド・ブロワ。身内の尻ぬぐいを彼は一生懸命してるってわけ。身内に犯罪者がいると苦労も多くてリムも大変よね。だから、よく話を聞いてあげるのよ」


 ミオーナはそう言って圧のある笑みを浮かべる。

 自分はリムと親密な仲なのだと、ミオーナはリゼナに示しているのだ。

 

 何で、こんな話を人から聞かされないといけないのよ。


 虚しさと腹立たしさが同時に押し寄せ、リゼナは眉根を寄せる。

 自分の感情が爆発しないようにリゼナは拳を握り締めて堪えた。


 リム、リム、リムとミオーナの口からリムの名が出る度に胸がムカムカして黒い何かが胸の中を渦巻く。


「リムが魔女を好きになることはないわ」



 ミオーナは自信たっぷりに断言するがその言葉にはリゼナは首を傾げる。


 あの人がそんなことに拘るだろうか。


「何か言いたそうね?」

「私はあの人のことをほとんど知りませんので。ですが、そんなことで魔女全員に敵意を向けるような人ではないかと」


 リゼナは昨日の事務課での出来事を思い起こす。


 リゼナが同僚に『魔女だから人の心がない』と言われた時、彼はリゼナの代わりに魔女を擁護する発言をしてくれた。


 一個人に対する恨みや敵意は徹底して貫きそうな人だが、魔女全てを嫌悪しているとは思えない。


「…………事実よ」


「そうですか。それならそれでもいいのでは?」


 リゼナはそう言って微笑む。

 できるだけ動揺を表に出さないように平生を装う。


 こんな話をわざわざリゼナにする理由は一つだ。

 この人はリムのことが好きなのだろう。


 国王陛下から求められる身でありながら、贅沢だとは思う。

 しかし二人の婚姻が必ずしもミオーナが望んだものとは限らない。


 ミオーナがリムに恋心を抱いていてもリゼナには関係のない話だ。


 そう思うのに、心の中は暗くなるのは何故だろうか。


「…………敵うはずないわね……」


 ミオーナは小さな声で呟く。


「何ですか?」


 声が小さくてリゼナは聞き取ることができず、聞き返す。

 しかし、ミオーナは『何でもないわ』と首を横に振り、先ほどとは違い晴れやかな表情で笑った。


「お話ができて良かったわ。今度お茶でもしましょう」


 そう言ってミオーナは踵を返し、一歩進んでリゼナの方を振り返る。


「今日の赤ワインはとても美味しいの。ぜひ試してみて」

 

 茶目っ気たっぷりにウィンクをして踵を鳴らして歩いて行く。

 その後ろ姿は美しく、颯爽としていた。




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