夜会の始まり
「魔女狩り事件を起こして国を混乱に陥れ、魔女達を率いて国を潰すつもりなんだ」
そんな噂が立っていることにリゼナは驚く。
だけど信じられない。
リムは今回リゼナを庇って両目を負傷した。
下手をしたら命がないような危険な状況だった。
それに魔女狩りの首謀者がリムであるなら動機がイマイチピンっとこない。
国を混乱させて魔女を率いて国潰しだなんて、あの人のキャラじゃないと思うし、そんなことに拘るような人じゃないと思う。
「あのね、グレイ。それは噂でしょ? しかも根拠もないような」
「根拠ならあるよ」
自信に満ちた声でグレイは言う。
「今回の事件の原因になっている本はリム・ヴァイオレットの祖母、ベアトリーチェ・ド・ブロワが書いたものだ」
その言葉にリゼナは唖然とする。
「ちょっと待って……あの本を書いたのがヴァイオレット隊長のおばあ様……?」
グレイはそう言ったのだろうか。
あの本のシリーズを手掛けたベアトリーチェ・ド・ブロワが彼の祖母?
驚愕の事実にリゼナは身体が震えた。
「これで分かっただろう? あの男は危険なんだ。すぐにここから離れよう」
グレイはそう言ってリゼナの腕を引いて歩き出そうとする。
「ちょっと、待って、グレイ……きゃあっ」
強引に腕を引かれ、リゼナは履き慣れないヒールを挫く。
身体が傾き、地面に激突する未来が見えた。
「……あれ?」
しかし、地面は近い気がするが、激突はしていないのが分かった瞬間、強い力で身体が引き起こされる。
「人のパートナーを勝手に連れて行かないでくれる?」
聞き慣れた声が上から降ってくる。
しかしその声は苛立ちが混ざり、周辺の空気が凍えるほど冷ややかだった。
「ヴァイオレット隊長……」
リゼナの身体を支えてくれていたのはリムである。
まず注視したのは顔だ。
右目から左目に横線を引いたようについた傷は綺麗に消えていた。
そのことにリゼナは心の底から安堵する。
「傷……治ったんですね……良かったぁ……」
リゼナは一気に肩の力が抜けた。
「他の傷も大丈夫ですか?」
「問題ないよ。第一、君とケイトが大袈裟なんだ」
リムは溜息をついて言うが、リゼナもケイトも決して大袈裟ではない。
大騒ぎするほどの深手だったのだ。
だが、いつも通りのリムにリゼナはほっとする。
そしていつもの騎士服とは違う装いにリゼナは視線を奪われた。
濃いグレーのジャケットとパンツは薄い紫色のストライプが走り、黒のシャツに紫色のネクタイを締めている。
ちらりと袖から覗くカフスボタンとネクタイピンはシルバーで上品に纏まっていて胸には白い薔薇が飾られていた。
いつもは降ろしている前髪も今日は少し上がっており、そこから白い額が覗いていて爽やかな印象なのにどこか危ない男の色香を感じる。
どうしよう……めちゃくちゃ格好良い……っ!
まるで小説の中の黒騎士様そのものだわっ!
大好きな小説のヒーローに酷似したリムの夜会での装いにリゼナは興奮した。
「僕の顔に何かついてるの?」
「あ、すみません。あんまり素敵だったもので……思わず」
思わず凝視してしまっていたリゼナは素直に失礼だったことを謝る。
機嫌を悪くしていないか心配だったが、特に問題はなさそうで安心する。
「立てるかい?」
「はい、ありがとうございます」
リムに支えられ、リゼナはしっかり地に足をつけた。
「それで、君は彼女に何か用?」
あ! そうだったわ!
リムに見惚れていたリゼナはグレイの存在を完全に忘れていた。
「いえ……偶然、ここで会ったので声を掛けただけです。じゃあ、リゼナ。またね」
「えぇ…………」
グレイはリムに睨まれ、逃げるように人混みに紛れた。
もう少し詳しく話を聞きたかったのに……。
そもそもベアトリーチェ・ド・ブロワがリムの祖母だなんて初耳だ。
だから彼がこの事件の担当になっているのかしら?
聞いてもいいものか、リゼナは悩む。
聞いたところで答えてくれるのかも定かではない。
「……ねぇ、聞いてる?」
気が付くとリムの顔が目の前にあり、リゼナは硬直した。
「きゃっ……あ、はい。聞いてます」
一瞬、硬直した後、我に返ったリゼナはその場を繕おうと返事をした。
「絶対聞いてなかったでしょ。あの男に何を言われたの?」
「えっと……いえ、その……特には」
リゼナはリムの問いをはぐらかす。
あなたは危険な男だから側にいない方がいいと言われました……なんて言ったところでどうにもならない。
むしろ、そんなことをグレイが言っていたとリムに伝えればグレイの身が危なくなる気がする。
「…………まぁ、いいけど」
リムは少しばかり訝しむような表情を見せたが、グレイのことは忘れてくれるようだ。
良かったわね、グレイ。
リゼナは心の中で呟く。
だけど、リムが魔女狩り事件の首謀者だというグレイの言葉は引っ掛かる。
険しい表情のリゼナにリムが手差し出した。
「行くよ」
リゼナは緊張して強張った顔で頷く。
これから一緒に会場入りしなくてはならないのだ。
こんな素敵なリムには沢山の視線が集まるだろう。
その傍らに立つリゼナも視線を向けに違いない。
彼に恥をかかせないようにしなきゃ……うぅ……緊張する……。
リムと別れたら速攻休憩室にとびこんでやると心に決め、リゼナはリムの手を取った。




