リムの疑惑
「リゼナさん、私から離れないで下さい。隊長に会うまでは」
「分かりました」
「誰かに話しかけられても、無視して構いません。隊長に会うまでは」
「分かりました」
「パートナーは隊長です。ダンス……をするかどうかは隊長次第だとは思いますが、誰かに誘われてもファーストダンスは断って下さい。パートナーのいない男性から申し込まれるかもしれませんが、ファーストダンスはパートナーとするのがこの国では基本ですので」
「分かりました。踊れないので全部断ります」
リゼナは至極真面目な表情で注意事項を説明するケイトに相槌を打つ。
ケイトの話だとリムに必要なのはパートナーがいるという事実だけで、会場入りを一緒にすれば後は解放されるらしい。
せっかくドレスを着たのだから、パーティーを楽しんではどうかとケイトに言われたが、こういう人が多い場所は苦手だ。
会場入りだけしたら適当なところで休憩室に引っ込み、後ほどリムと合流するつもりである。
この城は結界が張ってあるので小人達は侵入できないし、使用許可のある者しか魔法は使えない。
城の中は安全なので夜でも別行動をしても問題はない。
休憩室で本でも読もう。それよりも、ヴァイオレット隊長の怪我は大丈夫かしら……。
リゼナはぼんやりと考えながらケイトに腕を引かれて王宮の庭を歩き、会場を目指した。
歩いている間も人から向けられる視線が気になり、リゼナは落ち着かない。
本当に変じゃないかしら?
ケイトやカーランは優しいからお世辞を言ってくれただけかもしれない。
今更どうにもならないことではあるが、不安になる。
すると、数人の男性が近寄ってきた。
「ケイト、そちらのご令嬢は?」
「初めて見る人だが、どちらのご令嬢だい?」
ケイトと親しい間柄のようなので、彼らも騎士なのだろうか。
ケイトには無視して良いと言われたが、そういうわけにもいかないので、リゼナは慣れないが可能な限り愛想のいい笑顔を心掛けた。
「お名前をお聞かせ頂けませんか?」
「ダンスのお相手は決まってますか?」
「ぜひ、立候補させて頂きたいのですが」
前のめりで近づいてくる男性達にリゼナは少しだけ後退る。
「えっと……私は……」
リゼナが名乗ろうとした時、ケイトが手を軽く上げてその場を制す。
「うちの隊長のパートナーだ。悪いが他を当たってくれ」
ケイトが言うと男性達は蜘蛛の子を散らすが如く、リゼナから離れて行く。
「無暗に愛想を振りまかないで下さい。隊長と会うまでは」
少し厳しい声でケイトはリゼナに言う。
普段の優しいケイトとは違い、険しい表情の彼にリゼナは小さく『すみません』と謝った。
会場へと続く扉の前はパートナーとの待ち合わせ場所のような状態になっていて、パートナーを待つ人々で溢れていた。
「ここで待っていて下さい。くれぐれも、誰かについて行かないように」
「はい、分かりました」
先ほどの件があるのでリゼナはきびきびと返事を返す。
何となく、ケイトは怒らせたら怖い気がするのだ。
リゼナは人の邪魔にならないように階段脇の手摺の側でケイトを待つ。
何となく、人の視線が気になるのは自意識過剰だろう。
慣れない格好をしているせいで落ち着かないからだと自分に言い聞かせる。
ふわりとどこかで嗅いだことのある香水の匂いがした。
気になって顔を上げると、調度目の前を歩く男性と目が合う。
「グレイ?」
「え……えぇ⁉ もしかしてリゼナ⁉」
気付けば自分で話しかけていた。
グレイはリゼナを見て目をこれでもかと見開いて驚きを顕わにしている。
「びっくりした……まさか、出席してるとは思わなくて……」
「えっと、少し事情があって……」
何となく、詳しくは説明しない方が良い気がしたのでリゼナは言葉を濁す。
「それってもしかして、リム・ヴァイオレットと関係ある?」
「え」
リゼナは的確に言い当ててきたことにドキリとする。
「やっぱり……リム・ヴァイオレットに脅されてるのか?」
険しい表情で言うグレイにリゼナは首を横に振る。
「違うわ。そういう訳じゃなくて……」
「無理しなくていい。誰かに聞かれたらそう言うように強要されてるんだろう?」
「誤解よ、グレイ。そんなんじゃないわ」
リゼナは否定するが、グレイは信じていない様子で、訝しんでいる。
「顔に騙されちゃだめだ。あの男は危険過ぎる。リゼナは知らないかもしれないが、残忍で冷酷で人の心がないって有名だ。黒い噂も多い」
グレイは正面からリゼナの両肩を掴み、真剣な声音で言う。
「黒い噂って?」
「例の魔女狩り事件、あれの首謀者はリム・ヴァイオレットだって噂もある」
「……何ですって?」




