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夜会準備


「そんなに暗い顔をなさらないで下さい」


 明るい声でリゼナを慰めるのはヴァイオレット邸のメイド、カーランである。

 栗毛色の髪と目元のほくろがチャーミングで元気なメイドだ。


 年齢はリゼナよりも少し上らしい。


「大丈夫です。ご主人様はとてもお強いですし、騎士団専属医のアドモンド・ピュロー様は国指折りの魔法医師ですから!」


 ぐっと拳を握り締めるカーランの手には櫛が握られている。


 リムの容態が気になって仕方がないのだが、リゼナはパーティーのために身支度をしている最中だ。


 リムと別れてから人生で一番長い入浴を済ませ、マッサージ、朝食と昼食を兼ねた食事、着替え、化粧、ヘアセットの順で身支度が進んだ。


 身支度の最中もリムの容態が気掛かりで、あの状態で本当にパーティーに出席するつもりなのかとずっと考えていた。


 それに、何故『失明するよ』なんて嘘をつく必要があったのよ⁉


 私のせいで酷い怪我をしたのは申し訳ないわ。

 

 守ってくれたことにも感謝している。


 だけど……わざわざ嘘をついた理由は何なのよ⁉

 

 人の決死の覚悟をなんだと思っているのか。

 二度と本が読めないかもしれない、だけど、ここでリムが死ぬようなことがあれば自分は二度と本を楽しむことができないと思った。


 断腸の思いで決断し、アイマスクを外してリムを逃がそうと思ったのだ。


 それなのに、それなのに!


 リゼナは腹の中が沸々と煮えるのを感じていた。

 こればかりは怪我の容態がなんであれ、問い詰めなければならないだろう。



 しかし、二人共命があったのは幸運だった。

 

 彼はちゃんと治療を受けているかしら……。

 余計な一言で医師を怒らせていないといいけれど。


 リゼナはリムのことが気になり悶々とする。


「さぁ、お嬢様。できましたよ!」


 カーランの言葉にはっと我に返る。

 顔を上げて鏡を見れば、眼鏡をかけていない自分が映っているのが新鮮だった。


「美しいですわ…………うっとりしてしまいます……」


 そう言ってカーランは頬に手を当て、悩まし気な表情をする。


「変じゃないかしら? 自分じゃよく分からなくて……」

「変だなんてとんでもないっ! 最高にお美しくて、お似合いですわ!」


 自信なさげなリゼナにカーランは力一杯答える。


「ケイトさーん!! お願いしまーす!」


 カーランはドアに向かって声を掛けると、コンコンコンっと控えめなノックの後にケイトが入室する。


 いつもの騎士服ではなく、おしゃれなパンツとジャケット、それに明るい色味のネクタイを締めている。


「これは………………あまりにもお綺麗で、驚きました……よくお似合いです」

「本当ですか? 変じゃないです?」

「変だなんてとんでもない!」


 ケイトもカーランと同じ反応でリゼナはほっとする。


 二人共優しいわね。ヴァイオレット隊長なら何て言うかしら……。

『化けたね』か『ドレスに喰われないで良かった』とか?


 どちらもリムなら言いそうだ。

 リゼナはリムの反応を想像してみるが、『似合う』とか『綺麗だよ』なんて絶対に言ってくれないことだけは確かだろう。


「会場へは僭越ながら自分がエスコートさせて頂きます」


 そう言ってケイトが手を差し出す。

 こんな風に男性の手を取ったことがないリゼナは緊張してしまう。


「よ、よろしくお願いします」

 

 そっとケイトの手に自分の手を重ねる。


「これは、心して挑まねばなりませんね……」

「どういうことですか?」

「いえ、こちらの話です」


 額に薄っすらと汗を浮かべ、リゼナよりも更に緊張した表情のケイトは『隊長に会うまで絶対にリゼナを男に遭遇させてはならない』という過酷な試練をどう乗り越えるかを必死に考えていた。


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