嘘
医者を連れたケイトがやってきたのはそれから間もなくだった。
「随分、手酷くやられたなぁ、小僧」
口髭をはやした白髪交じりの男は言う。
丸い眼鏡をくいっと指で直し、怪我の様子を診ていた。
「儂は必要ないだろうと言ったが、ケイトの予想はよく当たる」
騎士団専属医、アドモンド・ピュローは感心したように言った。
部屋に飛び込んできたケイトは隊長であるリムの怪我を見て絶句し、しばらく硬直していた。
話によれば、リムが任務で怪我をすることは滅多になく、ここまで酷い怪我をしたのは初めてのことらしい。
リゼナはそれを聞いて胸が痛くなった。
「それにしても、女性を守って傷を負うなんて本当の騎士のようじゃないか。この傷は勲章としてこのままでも良いんじゃないか?」
「「絶対だめです!」」
ケタケタと楽しそうに言うアドモンドに断固反対したのはケイトとリゼナだ。
「冗談じゃよ。はっはっはっ」
そう言ってアドモンドはまたケタケタと笑う。
「動けるんなら、城に来い。道具と薬が足りん」
「仕方がないね」
リムはゆっくりとベッドから立ち上がる。
「あの、私も付き添います」
リムの怪我が心配だ。
それに、私を守ってこんなことになったのだから、付き添いぐらいはさせてもらいたい。
「必要ないよ。それに、君はやることあるでしょ」
「やること?」
リゼナは首を傾げる。
この状況でやらなければならないことに心当たりがないのだ。
「女の身支度は時間がかかるんでしょ。ケイト、彼女を頼むよ」
「承知しました」
身支度って、もしかしてパーティーに参加するつもりなの⁉
「いやいや、その怪我でパーティーって、何考えてるんですか⁉」
「大したことないよ。夜までには間に合う」
リムの言葉に『え……夜まで?』っと引き攣った顔をしたのはアドモンドだ。
「待って下さい! 私、目が……あ、あれ? そういえば……見えてる……失明してない……」
リゼナは重大なことに今気付いた。
失明するはずだったのに、今もまだ見えているし、眼鏡も必要ない。
「どこまで見えてる?」
「えっと……ここから窓の外ぐらいまでだったらはっきり見えます」
リゼナは窓の外を見ながら言う。
それより先はぼんやりと輪郭を失って霞んだような景色だが、裸眼でもかなり視界が明瞭になっていて、感動である。
「ギリギリ五時間経っていたんだろうね。良かったじゃない」
「そう……ですね、はい。嬉しいです。眼鏡なしでこんなにはっきりと目が見えるなんて」
リゼナは思わず笑みを浮かべる。
嬉し過ぎてだらしなくなる口元を手で隠した。
何故か騎士達がざわつくが、血まみれのリムが睨みつけると再び静けさがやってくる。
「あと、さっきの失明の話だけど」
「失明がどうかしましたか?」
「あれ、嘘だから」
「そうなんですか……って、えぇっ⁉ 嘘⁉」
リムから告げられた驚愕の事実はリゼナに強い衝撃を与える。
「ちょっと! 何でそんな嘘ついたんですか⁉ どうりで、覚えがないと思いましたよ! 私、説明書だってちゃんと読んだんですから!」
やはり説明書にそんな注意書きはなかったのだ。
大体、そんなリスクの高い点眼薬なら医者の口から直接注意があるはずなのに。
「私がどんな思いでマスクを外したと思ってるんですか⁉」
「じゃあ、また夜にね」
「ヴァイオレット隊長‼」
リゼナの怒りなど無視して、リムはアドモンドと共に部屋を出て行った。
どうしてくれようか、この行き場のない感情を……。
リゼナは拳を握り締め、何かに八つ当たりしたい気持ちでいっぱいになった。
「ケイトさん」
リゼナは恨めし気な視線をリムの腹心であるケイトに向ける。
「あなたの隊長、あれは一体、何なんですか?」
こうなったらとことんケイトに付き合ってもらうしかない。
リゼナはこの数時間の出来事とリムに対しての憤りをケイトにぶつけたのである。




