セスナ
「わざわざ見なくても覚えてます。言ったじゃないですか。直近で読んだ本のことは覚えてるって」
わざわざ見なくても開いた場所が本の何ページ目で、何行目に何の文字が書いてあるかもリゼナは全て覚えている。
リゼナは少しだけ胸を張って応えたが、リムは不気味なものを見るような視線をリゼナに向けてくる。
「ゴホン、失礼」
わざとらしい咳払いをして二人の会話に割って入ってきたのはリムの上司であるという男性だ。
明るい小麦色の髪に、白い肌、瞳の色も明るい茶色で話し方からも軽快な印象を受けた。
男性はじっとリゼナを凝視し、流石にリゼナもこの格好のせいかと恥ずかしくなり、リムの側で小さくなった。
リムはベッドの上に放置されていた自分の羽織を引っ張り、リゼナの頭に被せる。
リムが腰を降ろしたベッドの足元に膝をついているリゼナは丈の長いリムの服にすっぽりと覆われ、肌の露出はなくなった。
そのことにリゼナは安堵する。
「ありがとうございます」
リムの気遣いに感謝し、お礼を言うが、リムは不機嫌極まりないと言った様子でふいっと視線を逸らす。
まぁ、今度は揶揄われなかっただけいいわね。
不機嫌そうなリムにこれ以上は何も言うまいと、リゼナは思った。
「失礼、俺は王宮騎士団団長のアルノーア・ディプレだ。君がリゼナ・アッシュフォードか?」
「だ、団長様⁉」
リゼナは目の前に立つ男性が騎士団の団長だと知り、驚いて目を丸くする。
「大変失礼致しました。リゼナ・アッシュフォードと申します。このような格好で申し訳ありませんが、ご容赦下さい」
リゼナはリムの羽織ごと自分を抱え込むようにした状態で頭を下げる。
女性がこんな格好をして謝っているのだから、大目に見て欲しい。
「こちらこそ、いきなり押し入って申し訳ない。君は怪我はないか?」
アルノーアの言葉にリゼナは深く頷く。
「私はヴァイオレット隊長のおかげで傷一つありません。ですが、彼が酷い状態で……」
「大丈夫だ、心配ない。ケイトが医師の手配をしてくれている。もう間もなく着くだろう」
「よ……良かった……」
だけど、まだリムの血は止まっていないし、痛みもあるはずだ。
医者が到着するのをリゼナは落ち着かない様子で待つ。
「怖かっただろう。もう大丈夫だ」
そう言って涙声で話すリゼナを宥めようとアルノーアがリゼナの肩に触れようとした時だ。
「あっつ!!」
アルノーアの指先に一瞬火花が散った。
「何すんだ、リム‼」
指先に息を吹きかけながら熱を冷ますアルノーアはリムを怒鳴る。
しかし、リムはまた不機嫌そうに口元を引き結んでいる。
すると廊下をバタバタと駆ける足音がこちらに向かってくることに気付く。
「ケイトさんかも!」
リゼナは自然と声が明るくなる。
これで医師にリムを診てもらえる、そう思った。
「おいっ! ヴァイオレット! お前、大事な任務の最中に不謹慎だぞ⁉」
比較的若い男性の声が室内に荒々しく響く。
ケイトさんじゃない……違う人だわ。
リゼナは早くリムを医者に診てもらいたい気持ちから期待を裏切られたような気持ちになり、肩を落とした。
「君も不法侵入かい? セスナ・ライトウェル」
リムはずかずかと部屋に入り、リムの側に歩み寄る青年に向かって言った。
「邸の者から連絡があったから俺と団長がわざわざ来てやったんだ。ありがたく思え!」
「何もしてないクセに、どうしてそこまででかい顔できるのか不思議でならないね」
いきなり入ってきた青年はリムに喧嘩腰で言うがリムも口の悪さは健在なのでしっかりと言い返す。
セスナと呼ばれた青年はリゼナを指さしてこう言った。
「お前こそ、何だその体たらくは! それに詩編の魔女の護衛任務の最中だというのに女性と情事にふけるなど、不謹慎極まりない‼」
その言葉にはリゼナは目を丸くした。
勘違いだ、とても大きな勘違いである。
そして、非常に腹が立った。
「いきなり入ってきて、何なんですか、あなたは!」
リゼナが急に大声を上げたので、セスナは驚いて目を見開く。
「ヴァイオレット隊長は寝ている私を起こさないように戦っていたんです! 事情があって、とっても条件が悪い中の戦闘だったんです! 彼が守ってくれたおかげで私は傷一つありませんっ! 労いこそあれど、彼を罵るようなことはやめて下さい!」
リゼナは憤りに任せて言い切った。
捲し立てるように怒鳴ったせいか、辺りは静けさに包まれ、セスナも先ほどの勢いを完全に失っていた。
シーンと静まり返った中で、リムはでくっ、くっと笑い声を押し殺している。
「あ……あ、あなたが…………もしかして、詩編の…………」
セスナは顔を赤くし、がらしどろもどろになりながら言う。
リゼナがセスナに非難の目を向けているとアルノーアが割って入ってくる。
「まーまー、落ち着けって。リゼナ嬢、申し訳ない。こいつとリムはいつものことなんだ。気にしないでくれ」
そしてアルノーアはリゼナにそっと耳打ちする。
「あいつはリムをライバル視してるんだ。まぁ、リムは歯牙にもかけてないのがこれまた悲しいことなんだが」
一方的にライバル視しているが、相手にされていないと聞き、それはそれで何だか切ない気持ちになってしまう。
その言葉でリゼナは落ち着きを取り戻した。
セスナはどこかぽわっとした様子で、先ほどまでのリムに対しての激しい感情は落ち着いたようだった。
これ以上、突っかかってくる雰囲気でもないので、リゼナもこれ以上は何も言わないことにした。




