負傷したリム
「あの、今の状況を教えて下さい!」
リゼナはリムに言う。
小人達はあと五人いるはずだ。
誰か倒されたのか、それとも全員が無傷でリムと対峙しているのかを知りたかった。
「僕も君と同じで視界が悪くてね。何がどうなってるか把握できていないんだ」
リムの言葉にリゼナは硬直する。
「視界が悪い……? それって、まさか……目を⁉」
リゼナは愕然とする。
想像以上に悪い状況に手足がガタガタと震え出す。
「大丈夫、眼球じゃない。瞼だから」
「全然っ大丈夫じゃないじゃないっ!」
リゼナは平気そうに言うリムに向かって怒鳴る。
怖くて、情けくて、申し訳なくて、涙が滲む。
だけど、泣いてる場合じゃないわ。
とにかく、本が手元にないことには何もできない。
リゼナはリムが小人達と戦闘を繰り広げている中、そろりとベッドから降りる。
そのまま芋虫のように床を這い、本が落下したと思われる場所まで移動した。
本……! 本はどこよ⁉
真っ暗な視界の中で手を伸ばすと冷たく、ぬめっとしたものに触れた。
それは棒のようであって少し角があり、布に巻かれていた。
それが小人の足だと気付き、リゼナは悲鳴を上げた。
「ぎゃっ!」
反射的に腕を引っ込めて、鉄が錆びたような匂いを放つ液体が付着した手を無意識に床に拭いつけた。
「芋虫の真似事なら今度にしてくれない?」
「誰が芋虫ですかっ!」
ていうか、見えてないんじゃないの!?
相変わらず失礼な物言いにリゼナは反射的に言い返し、深呼吸をした。
危機的な状況にも関わらず、リムの口の悪さが普段通りで思わず安心してしまう自分がいる。
今もガキン、ガシャンっと金属がぶつかる音が何度も響いていて『心臓、赤い心臓。魔女の心臓、捧げろ、捧げろ』と小人達が歌う。
リゼナは床に這ったまま深く呼吸をし、心を鎮めた。
大丈夫、彼がいる限り死にはしないわ。
何せ、最強の魔法使いなんだもの。
だけどリムの怪我の具合が分からない以上、のんびりはできない。
早く本を探さなくちゃ!
リゼナは移動を再開し、本を探して腕を伸ばした。
すると指先に何かが触れ、コロッと転がる。
「万年筆!」
本より先に本と一緒に置いておいた万年筆が見つかり、リゼナは希望が見えた。
本があってもこれがなければ意味がない。
「ねぇ」
「何ですか?」
小人と刃を交えているリムが話しかけてくる。
「そこに斧を持っていた小人の足が転がってるんだけどね」
「だけど……何ですか?」
リゼナはリムと会話をしながら床に、腕を伸ばして周囲を探る。
さっき触れたのはやっぱり小人の足だったのかと、知りたくなかった現実がリゼナを襲う。
「何か、今戦ってる相手も斧を持ってるような気がする。おかしい。確かに戦闘不能にしたはずなのに」
ガキン、ガキンと剣とぶつかる重たい音は軽くて細い刃物ではないように聞こえる。
リムの言葉にリゼナははっとする。
「ヴァイオレット隊長! もう少し、時間稼いで下さい!」
「言われなくてもやるけど、何か策があるの?」
リムの言葉にリゼナは頷く。
互いに姿は見えないが、意志は伝わったようで、『いいよ、君の作戦に乗ってあげる』と愉快そうにリムは言う。
リゼナはとにかく本を見つけることに集中する。
確か、この辺りだったはず……。
床に這いながら腕を伸ばすと、指先に固いものが触れた。
指先が触れただけだが、はっきりと分かる。
あった!
遂に探していた本を見つけ、手元に手繰り寄せて本を開き、万年筆を手に取る。
「早く、早くしなきゃ……!」
今までに感じたことのない焦燥感に襲われる。
鋭い剣先を背中に突き付けられているような危機感の中で、ひたすら手を動かした。
大丈夫、大丈夫。自分を信じて!
どうか、どうか、間違わないで。いや、絶対に間違えないっ!
リゼナは緊張で震える手を動かしながら自分を鼓舞し続ける。
途中で手が震え、滑り落ちそうになる万年筆をしっかりと握りなおした。
ヴァイオレット隊長の目が危ないのよ、早く、ケリを付けなくちゃっ!
自分がもっとちゃんとしていれば、リムは怪我をすることはなかった。
呑気に自分が寝入っていたせいで、彼は自分を守りながら戦い、結果として目を負傷したのだ。
全部私のせいじゃないっ!
それなのに、私が何もしないわけにはいかないわ。
リゼナは本を捲りながら右手に握った万年筆を動かし続ける。
時々、震えて文字が揺れるがそんなことは気にしない。
書けていれば良いのだ。
「ヴァイオレット隊長! どこでもいいです、その小人を斬って! 私のところに来て‼」
リゼナはお腹の底から声を張り上げる。
リムは振り上げられた斧を華麗に躱し、小人の喉元を切り裂いた。
『うぎゃああぁぁぁぁ‼』
斬られた小人の太い悲鳴が部屋中にこだまし、血飛沫が舞い上がる。
リムは小人達に背を向けて、リゼナの元に駆けた。
小人達はリゼナ達が何をするのかを察した様子で、一斉に飛び掛かろうと向かってくる。
「詩編の魔女、リゼナ・リ・ゼル・アッシュフォードの名において内容改変の作業を行います! ミノン! そしてシノン! あなた達の役割はここで終わり! 本に戻りなさい!」
リゼナが宣言し、リムに斬り落とされた小人の片足の真上に立つ。
すると金色の円陣が浮かび上がる。
『きいぃぃぃぃぃ‼』
小人達が奇声を上げてリゼナを狙って向かってくるが、リムの剣によって薙ぎ払われる。
「隊長‼」
リゼナは急かすようにリムを呼んだ。
「ここにいるよ」
迷惑そうなリムの声が思っていたよりもずっと側で聞こえ、そのまま身体がぶつかり、よろめいてしまう。
「あぁ、ごめん。何せほとんど見えていなくてね」
「大丈夫です、分かってますから」
リムの乱れた息が耳に掛かり、リゼナはビクッと身体を跳ね上げる。
近い距離にドキドキしてる場合じゃないわよ、私。
リムの逞しい腕に身体を支えられ、転倒は免れたリゼナは体勢を立て直す。
呼吸が荒いわ……。
リムの荒い息遣いが聞こえ、リゼナは無意識に顔を歪める。
うかうかしてはいられない。
リゼナは持っていた本を床に置いた。
そこにはリムが斬り落とした小人の足が転がっている。
「剣を!」
リゼナの声にリムは無言で剣を魔法陣の浮かび上がった床に突き刺した。




