外せないアイマスク
ガキン、ガシャンっと金属がぶつかるような、擦れるような音が遠くに聞こえた。
その音が次第に迫ってくるように感じられて、リゼナは目を覚ました。
目を覚ますと言ってもアイマスクを着けているため、視界は暗い。
その分、耳を澄まして周りの気配を読み取ろうとした。
ガキン、ガキン、ガタンっと硬質な何かがぶつかり合い、音を奏でていることが分かり、リゼナは勢いよく身体を起こす。
「ヴァイオレット隊長⁉」
リゼナは闇の中のどこかにいるであろう、リムを呼ぶ。
そしてアイマスクを外そうと手を掛けた。
「それは取らないで。失明するよ」
「失明⁉」
その声にアイマスクを外そうとする手を止める。
「伏せて!」
緊迫したリムの声にリゼナは頭を守りながら素早くベッドに身体を伏せた。
ヒュウっと何かがリゼナの頭上を通り過ぎ、ザクっと壁に突き刺さる音がして、リゼナは血の気が引いた。
来ているのだ。リゼナの心臓を狙う小人達が。
それよりも気になることがある。
「失明ってどういうことですか⁉」
「説明書に書いてあったでしょ。五時間未満で外すと失明するって」
「嘘‼」
そんなことは初耳だし、説明書はきちんと読んだ……はず。
だけど、疲れていてもしかしたら読み飛ばしたかもしれない。
「魔法薬だからね。リスクがあってもおかしくないよ」
「うっ……確かに、ノーリスクな薬ばかりではありませんけど……」
魔法薬には効能の代わりに代償が必要なものもあれば、副作用を伴うものもあるし、使い方を誤ればペナルティを負うものもある。
この点眼薬は使い方を誤るとペナルティを負う種類のものだったらしい。
副作用は発熱や倦怠感、頭痛、その他風邪症状の記載は確認したが失明の記載は見落とした。
だったら、ちゃんと忠告しておいてよ! あの眼科医!!
リゼナは薬を処方した病院の院長を心の中で責めた。
視力を完全に失う恐れがある以上、絶対にアイマスクを外すことができなくなってしまった。
「良いかい? 絶対そこから動かないでよ。頭は伏せていて」
「それはそうと、どうして起こしてくれなかったんですか⁉」
比較的近い場所からリムの声がして、リゼナは少しだけ安堵するが、すぐに危険を知らせてくれなかったことに対して疑問をぶつける。
「むしろこの状況で今まで寝ていられる方が不思議だよ。それに、起こしてもどうにもできないでしょ」
「うっ……確かに……そうかも知れませんけど……」
普通は目が覚める、と馬鹿にするような発言にリゼナは唸り声を上げる。
「彼らが現れてぐらい経つんですか?」
今が何時なのかも分からなければ、小人達が現れてどれくらい時間が経つのかも分からない。
「さぁ? 体感としては二十分ってところかな?」
「そんなに⁉」
リゼナはそんな長い間、命の危険に晒されていたというのにぐーすか寝ていた自分が恥ずかしくなる。
「もうっ! 本当にどうして起こしてくれないんですか⁉」
確かに、何もできないかもしれないけど、寝ているよりははるかにマシでしょう!
「とにかく、マスクは絶対に外さないでよ……くっ……」
「ヴァイオレット隊長⁉」
会話の中にリムの呻き声が混ざる。
血の匂いがする……まさか…………!
リゼナはリムの忠告を無視して身体を起こす。
「まさか、怪我をしたんですか⁉ 大丈夫ですか⁉」
「うるさいな……平気だよ。掠っただけなんだから」
リムの声には疲労が滲み、必死に痛みに耐えているような感じがして、リゼナの身体は震え出す。
私、馬鹿だ! どうしてこの状況で寝ていられたの⁉
ヴァイオレット隊長に守られて……私のせいで怪我までして……。
自身の情けなさに怒りで身体が震える。
『捧げろ、捧げろ、赤い心臓、魔女の心臓』
不気味な小人の声が室内に響く。
「どうして魔法を使わないんですか?」
リムは国随一の炎の魔法使いだ。
小人達を完全に倒すのは無理でも一時的に追い払うことはできるはずだ。
それなのに何故、自身の力を使わないのか。
「僕の力は強すぎてね。何でも燃やせるんだ。君がいるこの部屋どころか、結界の張ってある他の部屋も邸も、全てね」
その言葉は魔力を阻むはずの結界すら、リムの魔力には敵わないことを指していた。
炎を使えば部屋はもちろん、寝ている使用人達も燃えてしまう。
「だけど…………」
「君も起きてしまったわけだし、気を使わなくていいならすぐに終わらせ……ぐっ……」
「ヴァイオレット隊長!」
暗闇の中で、またもやリムの苦しそうな声が聞こえた。
ブシュッっと何かが切れて、液体が噴き出るような音が響き、リゼナは目尻に涙が浮かぶ。
「や……やだっ……ヴァイオレット隊長!」
「うるさいな、静かにしてよ。集中できない」
悲鳴にも似た声でリムの名を叫ぶリゼナに、リムはいつもと変わらない調子で素っ気なく言う。
怖い……視覚が役に立たないことがこんなにも怖くて、もどかしいだなんて……。
リゼナは何もできない悔しさに唇を噛み締める。
何かできること……私にできることは……?
でも、私が下手に動いても足手まといになる。
その時、ガタンっと何かが倒れる音がした。
推測するにベッドの側にあった小さなサイドテーブルだ。
「この音は……」
バサッと本が開いた状態で床に落ちた音も一緒に聞き取れた。
そうだわ、本さえ、手元にあれば私にもできることがあるじゃないっ!




