愉快
予想外だったのは外見だけじゃなかった。
まず、僕に媚びない。
女はとにかく面倒だし、鬱陶しい。
だけど、彼女はまるで僕が殺人鬼か何かだと思っているのか、常に警戒している。
媚びるどころか近寄ってすらこないので女特有の面倒くささがないのは好印象だった。
まぁ、僕の顔は好きみたいだけど。
顔が好みだからと言って、相手に溺れるような愚かな人間ではないらしい。
そういう理性的なところも好ましいと思う。
もう一つは人の影に隠れていそうな弱そうな見た目なのに、意思表示は意外とはっきりしていること。
自分の中にしっかりと意志を持ち、それを曲げない強さが見えて、彼女に抱いた弱者の印象は綺麗に払拭された。
だけど、間抜けな面もある。
「ただの本の読み過ぎだと思っていたのに…………」
そう言って落ち込む彼女に笑わずにはいられない。
自身の目の悪さは単純な視力の低下だと信じて疑わなかったのに、医師から告げられたのは病気だということ。
あの唖然としている時の間抜け面は最高におかしくて、笑い続けたら生意気にも小さく睨んでくるものだから余計におかしくて笑いが止まらない。
彼女の護衛は仕事だから致し方ないと思っていたのに、思いがけぬ愉快な時間を提供してくれた。
ふと、この愉快な時間がもう少し続いても良い気がするし、そうなると彼女がどんな人間なのか、次はどんな顔を見せて笑わせてくれるのか、彼女のことが知りたいと思うようになった。
そんな風に思いながらドレスを選んでいると、職場で香水臭い女が近づいてきたことを思い出した。
リゼナに仕事を押し付けようと思ったのにはっきりと断られ、男を使って彼女を悪者に仕立て上げようとしたあの女。
よっぽど自分に自信があるんだろう。
空気も読まずに僕に色目を使って話しかけてくるぐらいだ。
きっとリゼナのことも見下しているに違いない。
そうなったらやることは一つ。
リゼナをとびきり美しく着飾ってあの女の鼻をへし折ることだ。
ついでにリゼナを批難した男共もまとめて彼女を二度と見下せないようにしてやろう。
ドレスなんて選んだことないけど、気に入らない輩の鼻を明かせると思えば、楽しく思える。
選んだ真紅のドレスは既製品の割にはサイズも合っていて若干の手直しで済むと思った。
本人は露出が多すぎることを気にしていたが夜会に出席する女達なんてみんなそんな感じだし、思ったよりも似合っているし、胸元の辺りなんて、結構そそるものがある。
けれども、この分厚い眼鏡だけは頂けない。
揶揄い半分、この子はどこまで見えるのかを知りたくて眼鏡を外した。
すると驚くことに眼鏡を外すと本当に見えないようで、彼女は必死になって僕が無意味に上げた手に一生懸命背伸び押して、あるはずのない眼鏡を取り返そうとしていた。
実際には上げていない反対の手に持っていたのに、全く見えていなかった。
その際に胸が無遠慮に押し当てられ、誘っているのかと思ったが眉間にしわを寄せて必死の形相で眼鏡を探す女が男を誘っているとは到底思えず、そうなると無意識無防備な彼女が少しだけ心配になる。
眼鏡がなくては裸も同然のような彼女に、このドレスはいささか危険過ぎるのではないか。
そう思って真紅のドレスは今回は取りやめて、ネイビーブルーの落ち着いたものを選んだ。
上品な色味とデザインが良く似合っていて、露出も控えめで先ほどの真紅のドレスよりは安心できる。
だが、彼女は不満というか、不安らしい。
こんなに似合っているのに、似合っているかどうか分からないなんて眼鏡があろうがなかろうが見えていないも同然では?
まぁ、いいか。
どうせ見えていないなら僕に全部任せればいい。
とびきり美しく着飾って早く君を見下した輩に見せつけてやりたい。
あぁ、楽しみ。
やっぱり、愉快。
こんなに楽しいのは久しぶりだ。
君といると退屈しないかもしれない。
不思議と居心地がいいと感じるのは彼女が僕と同じ魔術師だからなのか、それともそれ以外の理由があるのか分からないけど。
「悪くないね」
血生臭い僕の世界の中に少しだけ柔らかい光が差した気がした。




