リゼナの印象
第一印象はイマドキ珍しいダサい女子。
分厚い眼鏡に、黒い髪でサイドの三つ編み、規定通りの制服は個性を全く主張せず、至ってシンプルで飾り気もない。
リゼナ・アッシュフォード、分厚い眼鏡をかけた地味な事務員で誓約の魔女。
彼女は遠くから見ても地味過ぎて逆に目立つ。誰かに影で虐められていそうで、人の影に隠れて自分の意見も主張もできない脆弱な存在、そんな印象だった。
彼女を始めて見たのは城内警備でのこと。
図書館のその日当たりの良い席は最高の休憩場所で僕のお気に入りだった。
いつも通り、その席に座って昼寝でもしようと思っていたのに先客がいた。
分厚い眼鏡をかけて本に齧りついているリゼナである。
邪魔だな。
お気に入りの場所を取られ、最初に思ったことはそこを退いて欲しい以外になかった。
普通なら僕を見れば恐れて逃げるか、女なら恍惚とした表情で頼みを聞いてくれるのに、彼女に関しては本から視線を外すことがなかった。
わざとらしく近くに寄っても僕の存在に気付かない。
僕だけじゃなく、近くに誰がいようが、何をしてようが、彼女は読んでいる本を読み終わるまで顔を上げない。
本を読んでいる時は周りが全く見えていないようで、暗くなり閉館時間になっても気付かない。
馬鹿みたいに夢中になって本を読み続けているのだから驚いた。
彼女が『本の虫』と呼ばれている魔女だと知ったのは『悪しき魔女の本』による魔女狩り事件が起こり、捜査が始まってからだ。
『誓約の魔女』は攻撃性もなく、次の被害者にはなりえないだろうと、アルノーアは判断したが、僕は彼女に『詩編の魔女』になり得る可能性を感じていた。
それから彼女のことを調べた。
勤務態度は真面目で優秀であり、課内では孤立気味だが問題点は特にない。
午後二時に退勤し、その後は城内にある図書館で過ごし、日によっては孤児院の読み聞かせを行っているという。
早く帰って本を読みたいという理由だけで小休憩も昼休憩も取らずに退勤時間まで仕事をする変わり者であること以外はおかしな点はなく、怪しい人物ではないことが分かった。
孤児院の子供達からはとても好かれているようで、彼女が現れるとあっと言う間に子供達に囲まれる。
読み聞かせを楽しみにしているというよりは、リゼナが訪れるのを楽しみにしているようで、子供達に囲まれて笑顔を見せる彼女の姿は図書館では絶対に見られないもので、とても眩しく思えた。
子供達に本を読む時の声も物語に合わせて抑揚や雰囲気を作り、子供達に対しての配慮が感じられた。
子供達に囲まれて陽だまりの中で本を開く彼女の姿は血生臭い仕事に身を投じている自分とは違う世界の住人のだと思った。
自分のような人間がいる一方、彼女のような人間もいる。
自分には自分の生きる世界があり、役割があり、彼女には彼女の世界と役割がある。
彼女のようなひ弱そうな人間はその世界の中で本と子供達に囲まれて生きていればいい。
その世界が壊れることがないように働くのが自分の役割だ。
昨日も決まって彼女は図書館のあの席にいた。
いつも通り、本に視線を落として熱心に読んでいた。
そして手元にはあの本があった。
何故、彼女があの本を? どこで手に入れた?
そう思い、様子を窺っているといつもは本を読み終わるまで顔を上げない彼女がすぐに顔を上げたことだ。
らしくない。
書架に寄りかかって寝たふりをするなんて。
リゼナからの視線を感じ、何となく目を開けるのが躊躇われた。
彼女の視線が外れたことを確信し、瞼を持ち上げると彼女は眼鏡を外し、眉間の辺りを押さえている。
その隙に彼女に近づいて本を盗んだ。
その際、彼女が外した眼鏡のレンズが想像以上に分厚くて吹き出しそうになるのをぐっと堪えながら、素顔も見てやろうと思い立って顔を覗き込んだ。
色白の肌、凛々しい眉に睫毛は長く、大きな緑色の瞳を縁取っており、そこに長めの黒い前髪がかかっていた。
正直、驚いた。
顔が歪むほど分厚い眼鏡の向こうがこんなに美しいなんて、誰が思うのか。
大体、眼鏡を外したら美顔という設定がもう古いし、ダサくない?
何となく、この素顔を人に見られたくなくて、眉間にしわを寄せてこちらを一生懸命見ようとする彼女に『眼鏡かければ?』と言ってさっさと眼鏡をかけさせてしまった。




