ドレスショップにて
リゼナはリムに連れられて街中にある『ルミエール』というドレスショップを訪れていた。
煌びやかな店内は美しいドレスと共に冷や汗をかきながら引き攣った笑顔で接客する店員が並んでいた。
『ヴァイオレット様! いつもお世話になっております!』
大体の流れは眼科と同じだ。
リムの姿を見た店員が『いらっしゃいませー!』と言いながらリムから遠ざかり、奥の部屋からオーナーが飛び出し、リムに深々と頭を下げる一連の流れだ。
この辺りの元締めか何かなの?
眼科の院長もそうだったが、ドレスショップのオーナーもリムに完全に平伏している。
尋常じゃない怯え方である。
このドレスショップのオーナーってクセが強いって有名じゃなかったかしら?
腕は国一番、オーダードレスは三年待ち、ルミエールのドレスを着れば恋が叶うと言われ、女性達に大人気のドレスショップである。
こちらももちろん予約制なのだが、この男は予約という言葉を恐らくご存じない。
店員達の表情が『予想外の方向から敵の総大将が乗り込んできた』ことによる混乱である。
本当に迷惑な客だ。
申し訳なさでいっぱいのリゼナに店員とオーナーは泣きながら喜び、ドレスを合わせてくれた。
「こちらはいかがでしょうか?」
衣装室のカーテンを開けると待っていたリムと目が合う。
リゼナは気恥ずかしくなって俯いた。
これはなんの拷問かしら……。
着ているのは真紅のドレスだ
胸元が開いた大胆なデザインでとても素敵なのだが、着慣れないせいで落ち着かない。
こんなに胸元が開いた服、着たことないんですけど……!
「うん、悪くないね」
「えぇ⁉」
リゼナは驚いて声を上げる。
まさか、そんな風に言うとは思わず驚いたのだ。
「ちょっと待って下さい! 流石に露出が多すぎると思うんですけど!」
首も胸元も肩もがっつり露出していて、しかも色は派手な真紅だ。
自分には派手過ぎる。
「夜会のドレスなんてこんなものでしょ。あとは髪とこの眼鏡」
「あぁっ! ちょっと! 返して下さいよ!」
ひょいっとリゼナから眼鏡を取り上げ、高々と宙に掲げて見せる。
「わ、た、し、本当にそれがないと…………くっ……!」
リムの手にある眼鏡を取り返そうとリムにしがみつき思いっきり背伸びをして腕を伸ばす。
腕や脇の筋をこれでもかと言うほど伸ばすが指の先さえも届かない。
そもそも視界が悪く過ぎて眼鏡が見えない。
だけど、確かにあるはずなのだ。
「………………オーナー、別のドレスも見せて」
リゼナを揶揄って気が済んだのか、リムはすっと眼鏡を掛けてくれた。
ぼやけていた視界が鮮明になり、リゼナは安堵する。
「お、おっ……お気に召しませんでしたかっ⁉」
「彼女の言う通り露出が多すぎる気がする。色も今回は違うものにして。そうだね……そこのネイビーカラーの落ち着いたものはどうだい?」
リムは視線の先にあるネイビーのドレスで肩は露出しているが胸元の露出は少ない。
あれぐらいの露出であれば……。
真紅のドレスよりはマシかもしれない。
「綺麗……ではあるけど……」
オーナーと店員によって着替えさせられ、鏡の前に立たされたリゼナは首を傾げる。
綺麗ではある。
けど……これ、似合ってるのかしら?
みんなは絶賛してくれたが、自分ではイマイチ良いのか悪いのかが分からない。
「気に入らないのかい?」
店員とオーナーはリムの言葉に過剰に反応し、涙目になっている。
ここで気に入らないと答えれば店員とオーナーを泣かせることになるかもしれない。
「いいえ。ただ、似合うのか似合わないのかって自分ではよく分からないんです」
「そっちの目も悪いの?」
「普段、ドレスなんて着ませんから」
リゼナが着るのは職場の制服と部屋着、夜間着、数着の私服を使いまわしている。
基本的には休日は外出せずに本ばかり読んでいるので外出着に気を配る必要がないし、仕事は制服がある。
もちろん、ドレスを着ることもなければ、ドレスを着なければいけない場所にも呼ばれないし、行かない。
服は清潔であればあまり頓着しない質だ。
「そう。ならこれにしよう」
「あの……大丈夫ですか? 変じゃないです?」
会場に行ったらあまりにも似合わな過ぎて悪目立ちするのはご勘弁だ。
リゼナは不安になり、リムに訊ねた。
すると、リムはリゼナの横に立ち、鏡を見つめる。
気付くと身体の半分が密着してい形になっていてリゼナは近すぎる距離に戸惑いを覚えた。
反射的に離れようとするリゼナの両肩を大きく骨ばった手が押さえ、リゼナはその場に縫い留められる。
鏡の中のリムと目が合い、リゼナの心臓がドキッと跳ねた。
そして艶っぽい笑みを浮かべてリゼナの耳元で囁いた。
「大丈夫。全部僕に任せて」
艶のある声が耳元で響き、その色気にリゼナはクラクラした。
心臓が落ち着きなく脈打ち、この男は危険だと無意識の警鐘に聞こえてくる。
この人……誰にでもこの距離感なのかしら?
これでは勘違いする女性だっているだろう。
城に出仕する女性達が黄色い声を上げるのも分かる気がする。
そんなことを考えていると『どうせ自分じゃ見えないんだから』と皮肉も受けることになる。
意地悪を楽しんでいるようにしか見えないリムにリゼナは唇を尖らせた。
「見えてます。似合うか、似合わないかがわからないだけで」
「それを見えていないっていうんだよ。まぁ、君が見えてないところは僕が見てあげる。心配ないよ」
不満げなリゼナに対してリムは楽しそうに答えた。




