助けてくれたのは
「な……何ですか……!?」
リゼナに向かって暴言を吐いた男がリムに剣を突き付けられたまま言う。
「殺したくなっちゃってね」
「俺にはあなたに殺される理由なんてありません!」
にっこりと冷笑を浮かべるリムに男は涙目になりながら、声を上げる。
するとぐっと先ほどよりも強く剣が喉元に押し付けられる。
少しでも動けば剣の刃が皮膚に食い込みそうだ。
「僕達には人の心がないみたいだからね。殺したい奴は殺したいし、死んで欲しいのさ」
「な、何の罪もないのに俺を殺すつもりか!? 騎士団のくせに!」
どうやら男はリムが何者であるかを知っていて果敢に立ち向かう。
その勇気は賞賛したいが、口を開けば開くほど、刃が強く宛がわれ、うっすらと血が滲み始めた。
「そうだよ。君達みたいな人間が僕ら魔術師にしたようにね」
その言葉に男はサーっと顔を青くした。
「君達みたいな馬鹿で愚かな人間のせいで多くの魔女と魔法使いが命を奪われた。何の罪もない者達だよ。中には罪なんて言葉も分からない幼い子共もこの世に生を受けたばかりの赤子もいたんだ。それを君達みたいなやからが無情にも殺してくれた。そんなことを平気でできる君達が僕らに心の有無を問うなんて滑稽過ぎて笑えるね」
その言葉はリゼナが口にしたかった言葉そのものだった。
「ヴァイオレット隊長…………」
リゼナは思わず感嘆の声で呟いた。
意外だわ……まさか、この人の口から魔女を擁護するような言葉が出るなんて。
リゼナは少しだけ救われた気がした。
目の前が真っ赤になりそうなほど燻っていた怒りが凪ぐように鎮まっていく。
少しずつだが心が落ち着きを取り戻していくのが分かった。
リムの言葉に自分が何を言ったか理解した男は急に大人しくなり、青かった顔が今はすっかり色を失っていて呆然としていた。
男がすっかり大人しくなったのを見届けるとリムは男の首から剣を放し、腰に収めた。
室内が静寂に包まれたが、次の瞬間に静寂は破られる。
「あの!」
果敢な者はもう一人いた。
「ありがとうございます。私の言いたかったことを代わりに言ってもらえて…………これも何かのご縁ですし、私、エカテリーナと申します。お名前を窺っても?」
上目遣いと猫なで声に加え、うっとりとした様子でエカテリーナはリムに言った。
エカテリーナの言葉を聞いた瞬間、リムが何者か知っている事務員達は心の中で悲鳴を上げた。
リゼナもエカテリーナの今の発言には苛立つが、それ以上にリムに色目を使う危険行為に驚きを隠せない。
確かに、リムはちょっと他ではお目に掛かれない中性的な容姿の美青年だが、相手にするのは危険過ぎる。
「ちょっと、止めときなさいって!」
リゼナは思わずエカテリーナの肩を掴んで止めるが、ばしっと振り払われる。
「何よ、リゼナには関係ないでしょ!」
「親切心で言ってるのよ!」
エカテリーナは『はぁ?』何言ってんの? と視線で言うが言葉通りに親切心からくる忠告だ。
「それで、お名前は? どこ部隊所属なんですか?」
リゼナの忠告を無視し、猫なで声で胸元を強調させながらリムに近づくエカテリーナに以外にもリムは微笑みかける。
リムの微笑みを向けられたエカテリーナはぽっと顔を赤らめ、恍惚とした表情でリムを見つめている。
もう何を言っても無駄ね。
リゼナは完全に恋に落ちたエカテリーナを見て溜息をついた。
この人もエカテリーナの餌食になるのかしら?
ちらりとリムを見やれば、じっとエカテリーナを見つめている。
同僚達の多くはエカテリーナに惚れている。
彼女にはそれだけ女性として魅力的だし、色っぽくてあざとい女に男は弱いと聞く。
リムにとってもエカテリーナは魅力的に映るのだろうか?
そんな風に思っていると胸の奥がちくりと痛んだ。
疲れてるのよね。
リゼナは溜息をついて胸を擦った。
ついでに深呼吸もしておこう。
呼吸をして酸素を身体に回し、血流を良くすれば、胸の違和感も落ち着くかもしれない。
リゼナは目を閉じて大きく深呼吸をする。
「どうしたの、君。具合でも悪いの?」
すぐ側で声が聞こえ目を開けると、眼鏡のレンズがぶつかるんじゃないかと思うほど近くにリムの顔があった。
レンズ越しにはっきりとリムの金色の瞳が映る。
その瞳に射すくめられると身体に甘い痺れのようなものを感じた。
「な、何でもないです! 大丈夫です!」
リゼナは慌てて後ろに飛び退のき、視線を逸らす。
「そう。なら行くよ」
リムはそう言って踵を返して部屋の入口に向かっていく。
リゼナは慌てて荷物をまとめて鞄を持つ。
視界の端に物凄い形相でリゼナを睨むエカテリーナの姿が映るが、彼女に構っている余裕はない。
周りからの視線を振り切るように歩き出し、リムと共に職場を出た。




