第95話 鼻垂らし医者と宝の菌の夢
造り酒屋のあるじのもとを医者が訪ねますが…
花巻の城下町の造り酒屋のあるじは、今か今かと客を待っていた。夢のお告げによれば、今日、医者が薬を求めて訪れる。
いや、正確には薬の候補となる二百種類の菌の塊を受け取りに来るのだ。
あるじは唇の端をつり上げた。
寺の管理人夫婦が庭で集めた三百種類の種菌を使い、長年培ってきたコウジづくりの技術で、放線菌を二百種類にまで絞り、大量培養に成功した。
この蒸した麦に繁殖させた放線菌をしっかり乾燥させ、長期保管可能な状態にしたものを、三十匁(約120グラム)ずつビードロの器に詰め、密封してある。これを医者に渡せば、寺の管理人夫婦から多額の砂金を受け取れる。
だが、どんな医者が来るのか。
そのとき、玄関から声が響いた。
「お客様です!」
慌てて飛んできたのは、最近呼び戻した女中だった。辞めた女中を寺からの手付金で雇い直したのだ。
しかし、女中の顔色が悪い。
「どうした? 何か変な客か?」
「そ、それが……お医者様なのですが」
女中はしどろもどろに言葉を濁す。
不審に思いながらも、あるじは玄関へ向かった。
そこに立っていたのは、意外にも若い男だった。身なりは立派で、いい着物を着ている。江戸の医者か? それとも金持ち相手の町医者か? 荷車を引いた下男らしき男もつれている。しかし——
「……なんだ、これは」
あるじの目に映ったのは、鼻水を垂らした医者の姿だった。
まさかの光景に、造り酒屋のあるじは絶句した。医者の不養生という言葉は知っている。だが、実際に病気の医者を見るのは初めてだった。
「ご、ごほん……」
医者は咳をし、懐紙で鼻をぬぐった。
あるじの顔が険しくなる。酒づくりにおいて、何よりも大切なのは清潔だ。
「お客さん、申し訳ないが、うちの蔵では病気の方には…」
言いかけたところで、医者が慌てて口を開いた。
「待ってください。私は夢のお告げを受けてここに来ました。薬師如来のお導きです!」
その言葉に、あるじは一瞬ためらった。 確かに、自分も夢のお告げを受けた。 医者に菌の塊を渡せ、と。
しかし、それにしてもこの状態はどうしたものか。
「お前さん、病気じゃないのか?」
「その通りです……。だからこそ、薬を求めているのです。」
あるじは額を押さえ、ため息をついた。これは困ったことになった。
目の前の男は、どう見ても病人だ。
だが、お告げを受けた以上、無下にすることもできない。
仕方なく意を決して、あるじは言った。
「わかったよ。病気のものを蔵に入れることはできないんだ。夢のお告げのものは、今持ってくるから、そこで待っててくんな。」
医者は無事放線菌の塊を持って帰れるでしょうか




